中国雲南、タイ、ラオス、ビルマの人、生活、そして音楽。 ひょうたん笛(葫芦絲)演奏者が綴る「おと」、「ことば」  
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出会いと、別れ ④ 日記の秘密。変わらなかったワン母

日本に帰国する。また単調だが忙しい生活を繰り返す。
でも、去年よりなんだか少し落ち着き、空中に眼を泳がせられる。顔をあげて眼をどこかに向ける。見えない何かと対話するように、見えない何かに話しかけるように、見えない何かが話しかけてくるかのように。
視界のなかの何かがノックしてくる気がする。夕陽を見て夕焼けの美しさや恐さが話しかけてきて、昔話を連想したり。そんな対話。

わざわざ飛行場までワン母とコン父は見送ってくれた。
僕がセキュリティーチェックを受けて建物の奥に入っていくまで二人は見送ってくれた。仲良く椅子に座ってこちらを眺めて見送っていた。とても可愛いらしい二人だった。

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飛行機のなかでも眠くならなかった。相変わらずのこの不眠は続くのだろうか、僕はこの先どんな風に生きていけるだろうか。

ワン母はもう数年も不眠症に悩まされてきた。最近は上座仏教の瞑想を生活に取り入れている。瞑想をすることで心の安らぎを得て、眠りにつけなくても漆黒の闇の中で心穏やかに時をすごす。

僕も真似をして心を穏やかにして、目をつぶって朝を待つ。

ちょうど僕が寝ていたベッドの近くの棚にワン母の日記があった。
ワン母が80年代に記した日記…。
僕は少しだけ秘密を知った。

一人の息子を薬物で亡くした。
次女は恋愛のもつれから心の病を10年以上も患っている。
長女は立派になったが遠く離れた土地で働く。でも、今も家庭の問題やら、事業の失敗と成功の激しい波に乗って心配を掛ける。
コン父はずっと悪い酒癖でワン母に精神的な苦痛を与えてきた。

長い、長い時間を経て今に至る。日記には家族と仲がうまく行かないことに対して、憤りや、悔しさ、呆れたこと、いろんなことが書いてあった。
ただ一言、どの日記にも共通して読み取れたのは、ワン母は家庭を築いて40年、ずっとあきらめなかった。すてなかった。

なにがそうさせたのか?
なにがそうさせているのか?

ワン母はどれだけの涙を流したのか。
文革で歌をうたえない苦しさ。
コン父が文革で受けた精神的ダメージから酒を飲むと人が変わり、ワン母を精神的に苦しめた。
子供の死や変化…。
それでも離れなかった。
世の中の母親たちは皆同じなのだろうか。

日記のなかの秘密、
日記には、日常のなかのつらい出来事がたくさん書かれている。
日記には、ところどころ、自分の歌声が聴き手に勇気を与えたことの驚きと、喜びが書かれていた。
「某日、ある老人が私の手をとって、いつも声だけしか聴けなかったワンさんに会うことができた、そういって老人が涙を流した」そんな文章がいくつかある。

日記には、変わり果てていく愛する子と夫への、悲しみや憎しみと慈悲との矛盾で心揺れる様子が書かれていた。

なぜ変わらなかったのだろうか。
これが愛の結果だから? 愛の過去から未来までの延長だから?

その答えは僕の心のなかにしまっておこう。
本当に理解できるときまで。


ワン母に帰国後の電話をする。
「みゃー! 電話ありがとうよ。明日からムンマーオにいって歌を歌ってくるよ。
おまえは2,3日はゆくり休むんだよ。」

嬉しそうな声を聴いて、僕は眼を閉じ眠りについた。

blog201003-02.jpg
ある村での朗誦の様子。
村の大人全員が寺院に来てワン母の朗誦を聴く。
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