中国雲南、タイ、ラオス、ビルマの人、生活、そして音楽。 ひょうたん笛(葫芦絲)演奏者が綴る「おと」、「ことば」  
祖母

桜台に住む祖母。
薄桃色の桜の花がアスファルトを覆っている。僕は練馬駅からぶらぶらと桜台に歩いていく。風が吹くとさぁっと花びらが舞う。

この日、僕は2年半ぶりに祖母に会った。血の繋がった家族なのに、僕はずっとその関係をほったらかしにしていた。
もう10年も前、日本で2年近く大学に通ったとき、しばらく祖母と父親の世話になっていたことも、すっかり忘れていた。

村のおじいさんやおばあさんたちがよく僕に言う。
日本に帰ったらお前のばあさんによろしくね、と。
話したことも会ったこともない僕の祖母なのに、村の人たちはいつも僕を介して広がる家族のつながりを見つめている。

「アイバオはもう村の子だからね。」
村人からすると、僕はシンセキも同然だから、僕の母も、父も、弟も、妹も、父方の祖母も、母方の祖母も、みんな村人のシンセキなのだ。

僕は30過ぎでしがない学生だし、まだ結婚していないからと、ちょっと子供扱いだ。
それでも、久しぶりに村人に会えば家族のことを聞いてくる。

写真がみたいから、この次は必ず持って来てね。かわりに私たちの写真も見せてあげてね。

いつもの別れ際の挨拶。

IMG_2182.jpg
村の長老に上座仏教の教えを請うと、釈迦のなにか教えのひとつでも語って聴かせるのかと思っていた。

「父母を敬いなさい。」

それがあたりまえのことだから。あたりまえのものを、ありのまま、受け入れなさい。
でも、僕にはそれが難しかった。心で分かっていても、願っていても、本人たちの前では上手く態度に表せない。

村の生活では、毎年いついつの節目になると、老人に深い尊敬の念を持って頭を下げることがある。若者は手を合わせ、老人が戒律を守って暮らしながら、たくさんの功徳を積んで生きていることをねぎらい、健康を祈る。老人はそんな若者たちに祝福の言葉を贈る。
ただの形式化した行事といえばそれまでかもしれない。
でも、老人と若者はきちんとつながっている。日常のなかでも老人と若者が手と手を、肌と肌を、触れ合わせることを、僕はしばしば眼にする。


僕の祖母はじきに89歳になる。まるまる、ころころ転がりそうなおばあちゃん。
祖母はお花、お茶、書の先生で、今も一応現役でいる。
光が眼に痛い、といって普段は眼を閉じている。耳も遠くなって補聴器をつけなければ何も聴こえないが、祖母はわざと補聴器をつけない。
祖母は毎日静寂と闇の中で静かに時を過ごしているようだった。

小さい頃に親をなくし、戦時中郡山で看護学校に通っていた。姉もいたが、若くしてなくなってしまった。お茶の先生によくしてもらい養子に出たという。いつも祖母からこの頃の話をきちんと聞き出せない。
大工だった祖父は酒飲みで、家族に迷惑をかけ続けた人だった。だから祖母は子供3人を何とかして育てなければならなかった。祖母は周りから外にでて働けばいいのに、といわれていたが、かたくなに拒んだ。
「わたくしは子供たちが家に帰ったときに、おかえりなさい、と皆を迎えてあげる母親でいたかったんです。」
そして、祖母は僕にいつも言う。
「あなたのお父さんはたいへん親孝行で、私は本当にいつ死んでも幸せですよ。」

生活は大変だったが、内職で何とか食いつないだ。子供たちの学費はなんとか払ったが、小遣いは自分たちで働いて稼いでもらった。だから、家は貧乏だった。

「苦労をたくさんさせていただきましたから、今が幸せなんです。」

陽があたたかいと、祖母は窓辺に用意している筆を手にとり、書を始める。
使うものは…、墨は水で薄められている、紙も新聞の広告を使う。だから文字なんて書いてもほとんど見えない。
きっと眼で見ていないのだ。

僕は昼食を近くに住むおばさんにご馳走になり、しばらくぶりの親戚たちとの談笑のひと時を過ごした。帰り際、僕はまた近いうちに遊びに来ますから、と祖母に伝えた。

「まぁ、まぁ、若いんだから、若いうちは苦労して、幸せなんて簡単には手に入りませんから。気をつけてお帰り。」

僕は帰り道を歩き出す。
曲がり角で、僕はふと後ろを振り返った。

眼を閉じて話していた祖母がぱっちりと瞳を開いてこちらを眺めている。

そういえば、僕が祖母と一緒に住んでいたころも、こんなふうに毎日、祖母は僕の後姿が見えなくなるまで見送っていてくれた。
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