中国雲南、タイ、ラオス、ビルマの人、生活、そして音楽。 ひょうたん笛(葫芦絲)演奏者が綴る「おと」、「ことば」  
生まれる、死ぬ ① 人間の世界に落ちてくる

ある朝のこと。
いつも明るい女の子の背中が悲しそうだった。彼女の本当の予定では今頃とっくにロンドンに渡って知人たちと再会を果たし、幸福な時間を過ごしていただろう。僕は好きな場所に行けないという悲しさを知らない。でも、好きな人たちと時間を共有できない悲しさはわかる。
彼女の背中を見て僕は亡くなった楊昆を思い出し、胸が苦しくなった。僕はおもわず目薬を指した。

彼が亡くなって49日が過ぎた。ちょうど、知人から彼の生前の写真とともにメールが送られてきた。しわくちゃなおじいちゃんのような笑顔。けっして飛びぬけた芸術の才能があるわけでもなかった彼だが、とても素直に、そして素朴に、すばらしいものをすばらしいと熱く語れる人だった。
響く低音の鋭い声で昆明方言をしゃべり、兵士のように食事をがっついて食べる。彼の姿が素朴な農民のようで好きだった。彼は僕よりも10歳ちかく年上だったが、結婚もせず、質素な生活を送っていた。

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   ある村の子供たち
何年も昔の記憶だ。
昆明。朝起きたばかり、楊昆が崩れかけそうなバルコニーで陽を浴びながら、背中を丸めて熱いお茶を、
あの音をたてて、すする、彼の後ろ姿が好きだった。

彼は今、どうしているだろう。彼が再び生まれ変わって、時には嫌気もさすような、時には幸せの一瞬が全身を熱くするような、長い長い人生を送ってくれることを僕は願ってやまない。

生まれ変わり。人の命は尽きてしまえば無になるという。僕はタイ族村落で何人もの転生を経験したという人に会った。ある男は聾唖だった。彼は僕の声が音が聴こえない。小さい頃に聴力を失ったので、少しだけ言葉がしゃべれた。彼はいつも僕をなつかしそうに親しみのある眼で眺める。僕は最初、彼のことを知らなかった。

ある日、他の村人から彼はこの地で死んだ日本兵の生まれ変わりなのだと聞かされた。彼が小さい頃、日本のことや戦争の記憶をよく口にしたのだという。彼も自分が日本人だったと思っている。
この地域は第二次世界大戦の激戦区でもあった。大戦に敗れた日本軍は多くの死者を出しながら中国からビルマへ撤退した。この村は日本軍が撤退する際に燃やされ、ほとんどを失った。それでも村には日本兵の生まれ変わりもいて、村人たちは日本人である僕を受け入れた。

現世で起こりうる不幸、命を失うこと、残酷な死や苦しみは前世の業によるのだ、と老人は語る。老人は、きっと僕がこの土地のタイ族の生まれ変わりなのだろうと言った。

「だから君はここに帰ってきた。」


ワン母は、ときどき娘(ラン姉)がおこす神懸かった狂気と気まぐれの仕打ちに疲れ果て、「私が前世で何をしたというのだろう」と僕につぶやく。せめてもの救いは、ラン姉の発狂は前世のせいではなく、力の強い精霊の仕業なのだと、シャーマンがいうことだ。

赤子の命はとても弱い。ワン母の姉は子供を10人近く産んだという。しかし、そのうちの2人は生まれてすぐに命を失った。シャーマンは彼女に決して人の手を借りて子供を産み落としてはいけないと忠告した。彼女はそれを信じ、その後の子供数人をすべて誰の手も借りず一人で産んだという。

ここでは釈迦の言葉は力を持たなかった。
人が人の命を守るために、宗教や信仰は関係ない。最善をつくすだけだ。


子供が産まれて来ること。村の人たちは「人間の世界に落ちてくる」と言う。

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あの世には人間や動物の、生命の偉大な母なる存在がいるのだという。異界の母の許可なくして人は人間界に落ちてはいけない。
ときどき、いたずらな精霊はこっそり人間界に落ちてきて、母親に産む苦しみを味あわせると、すぐに帰ってしまう。
生後間もない赤ん坊は死ぬのではない。いたずらして帰るのだ。その無邪気な精霊は母親が嘆き悲しむ顔をみて喜ぶ。


エティン。笑顔がかわいい女の子。りんごほっぺに丸い瞳、つぶれたハートのかたちの口で笑う。彼女が生まれてすぐ、母親は夫と分かれて生家にもどってきた。僕はこの家の老人から機織を習った。
僕が機織をするそばで、エティンは僕に笑いかける。

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やがてたちあがるようになり、そして歩き出した。よろよろしながら2つ上の姉エシンと駆け回る。僕が家の門を出るとき、彼女の表情は瞬く間に硬くなる。僕は父親ではないが、彼女のなかにはもう僕がいた。僕のなかにも彼女の笑顔が焼きついて残っている。


今年、9ヶ月ぶりにエティンに会った。僕を覚えていたのだろうか、言葉はしゃべれないが、はしゃぎまわった。そして僕が帰る時、大粒の涙を流して僕を引き止めた。外を歩く僕を追いかけた。


彼女の涙も、前世の業なのだろうか。
父親の愛情を受けることができないことも、業なのだろうか。

なんて残酷な教えだろう。


ワン母の家に、たまにシャオイェが遊びに来る。彼女は夫と出稼ぎに行っていたが、子供を身ごもり、生家に戻って産んだ。まだ3,4ヶ月なのに、母親になったシャオイェは家がたいくつでいられずワン母のもとに赤ん坊を連れて遊びに来る。

ワン母は赤ん坊に嬉しそうに話しかける。
赤ん坊は不思議そうに見つめるが、急にふっと、べつのものに眼をやる。どこかで音がするとびくっとその方向に顔をまわす。赤ん坊にとって世界はすべて新鮮なのだ。

「この子はまだ『人間界』を知らない。だから不思議なんだよね。」

人間界を知らない。
赤ん坊は成長するにつれ、だんだん人間界を知る、村の日常でよく聴く言葉だった。

僕も住み始めたころはまだ彼らの『人間界』を知らなかった。僕は子供扱いされた。

また、「人間の言葉を知らない。」という会話もよくきいた。
大人でもいい加減な言葉をしゃべったり、適当な歌をうたえば「人間の言葉ではない。」と揶揄される。


今の時代、全ての村人が、霊や魂の存在を信じているわけではない。
しかし、悠久な歴史において深く沈殿して積もった価値観、そのなかではぐくまれてきた言葉の文彩は、まだ少しだけ生きる余地が残されていた。

無意識に話される、どこかで人と人の何気ない会話のなかで生まれ、人とものや環境のつながりの網の目を、すっ、と通り過ぎてくる詩的な言葉が、まだときどき僕たちの心に入ってくる。

そんな言葉が、いつも僕の感覚をとりこにする。

僕らは前世に生きた詩的な言葉や、物事、記憶をたくさん忘れ、転生し、落ちてくる。
前世の記憶はどこかに沈殿しているらしい。

僕らの魂はその沈殿した記憶の上へ上へ、地層のように永遠と記憶を重ね続ける。


僕のワン母への想いや僕が追い続けるタイ族の音への情熱も、その時が来たとき、果てしない記憶の地層のなかに沈殿してしまうのだろうか。

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