中国雲南、タイ、ラオス、ビルマの人、生活、そして音楽。 ひょうたん笛(葫芦絲)演奏者が綴る「おと」、「ことば」  
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
防波堤

演奏を終えた夜、海の近くの家に泊まった。

目の前に石の防波堤がある。
波の音は聴こえない。

bouhatei.jpg

その日の演奏は陶器を焼く古い窯だった。ここではかつて塩をかけて高温で焼き上げた。長い年月をかけ、塩や釉薬が蒸気となって窯の耐熱煉瓦にこびりつき、チョコレートの建物のような色合いの窯になっていた。
友人と二人での演奏は盛況だった。

翌朝、防波堤を越えて、海にでた。
海岸には小石や貝殻が打ち寄せられていた。透き通った海水がざざー、ざざー、と音をたてながら押し寄せては消えて行く。
防波堤は偉大だ。海岸ではこんなに音が迫ってくるのに、防波堤の中に戻れば音は消える。
高波からも人々を守ってくれる。

暖かい春の学校の廊下。廊下の電気を消して窓から万博公演の森を眺めた。風に色とりどりの枝葉が揺れる。

IMG_2197.jpg

森は音をさえぎらない。普段は気づかない、音の隙間をいっぱい作ってくれる。

お茶をすすったとき、また楊昆がお茶をすすっていた後姿を思い出してしまった。

海の向こうの姉エランのことを考えた。
僕が10年以上前に初めてワン母の家を訪れたとき、彼女は失恋したショックで魂が抜け、精神病院から戻ったばかりで、ずっと家に閉じこもっていた。
見知らぬ人が家に来れば部屋に閉じこもった。
気分がよければときどき外に出て散歩をすることもあったが、人見知りは直らなかった。
彼女の性格はだんだん狂って行った。


細くて美しかった彼女は薬のせいで急に太ってしまった。自分の変貌ぶりにショックを受けた彼女は過去の写真をすべて燃やした。かろうじてコン父やワン母が残した数枚の写真がある。

一枚は上の姉と亡くなった兄とラン姉、そして父母と撮った白黒の小さな家族写真。

コン父はラン姉が騒ぎ出すとぶつぶつと文句を言うが、それでも見捨てない。
ワン母もラン姉の病気が10年たっても、希望を捨てないで、ずっとラン姉と向かい合っている。


幾人ものシャマンは彼女のことを気性の荒い武将の霊が祟ってしまったのだという。
彼女は僕らには分からないカームピー(霊の言葉)をときどき口にする。
夢の世界や占の世界に没頭している。


僕がワン母の家に泊まるようになって、ようやくラン姉は僕と話をするようになった。


ときどき、彼女は、ふぅ、と、僕の未来を占う。
僕がどこにいるのか。どんな女性といっしょにいるのか。


僕が帰国するとき、ラン姉は僕を見送ってくれた。
彼女は特に何も言葉を僕に贈らない。
僕をじっと見て普段のように会話をする。

それも彼女なりの優しさなのだと、なんとなく、おもった。


彼女の心の中の防波堤は石じゃない。森だ。
いつか、迷いの森を抜けたら、きっとこの春の空ののんびりした原っぱにでてくるだろう。

ワン母もその日がくることをずっと信じている。
僕も信じよう。
コメント
コメントの投稿
 
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可
 
 
 
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://asianmusic.blog50.fc2.com/tb.php/105-270a2b3b
この記事にトラックバックする
 
 
 
 
 
 
 
 

copyright © 2006 People, Life and MUSIC all rights reserved.

 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。