中国雲南、タイ、ラオス、ビルマの人、生活、そして音楽。 ひょうたん笛(葫芦絲)演奏者が綴る「おと」、「ことば」  
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日常に生きる④  「よせ・あつめる」音


「よせ・あつめる」こと。

僕は今日何を書こうか迷っていて、水牛のうん○(排泄物)について書こうか悩んでいた。

内容は、うん○の伝統的利用、その現代における役割の変化、水牛のうん○を集める習慣が日常的に見られたこと、神話的な水牛のうん○についての物語、水牛のうん○に「なる前」のある料理、そして水牛のうん○がつなぐ男と女のくさい恋の例、…

こんなことを、話そうと思っていた。

今日は、ちょっとひょうたん笛のことも話したかったから、ふと思い出したことを書き留めた…。



集めること。

水牛のうん○は、燃料になる。
草食動物の水牛の排泄物は繊維質が多いので燃えやすい。
さらにそのうん○と脱穀し終わった稲わらを足で踏んでこね混ぜ、それを「お手軽な」大きさにちぎり、手で形を整えて壁に貼り付けて乾燥させる。

僕はフランスで美少女がワインを作る姿を想像する。
美しい金髪の娘が笑顔でぶどうを踏む姿。白いなま脚に紫の、透明なぶどうの果汁がとびはねる。
そんな姿にフランスの青年は一目惚れ!

さて、

タイ族の村では・・・
水牛のうん○を踏む美少女に一目惚れしていた(と聞いている)。

今では薪や家畜の排泄物から発生するメタンガスを火力として用いるが、昔はこの牛のうん○が燃料だったので、家事を手伝う少女たちは燃料作りに駆り出された。
稲わらを混ぜて、よっこい、えっこい、足で踏み混ぜる。
そんな少女たちを見て、青年は道端に落ちていた水牛のうん○を運んできてあげるのだ。

なんて、くさい仲だ。

…話がそれた。うん○の話は次回にしよう。


うん○を「あつめる」ことから、ふと、思いついたことがあった。

すでに、人には、人の身体には120以上の魂が宿っていることを紹介したと思う。
人が死ぬと、シャマンは死者の霊魂を異界に送り届けるうたをうたう。

そこで、まずしなければならないことが、死者の魂を「よせ・あつめる」ことだ。
死者の分散した魂を呼び寄せたり、探し出して、ひとつに繋ぎ合わせる。僕たちは生きている間に、いろんな土地に行き、また、びっくりしたり、悲しんだりして、魂を少しずつ「落として」いる。

異界に帰るときは、分散したわたしの魂をひとつにしなければいけない。



家で病気や不幸が続く時、家の守護霊が弱っていたりする。
問題を解決するために、シャマンが霊と対話したり、あるいは仏教的な儀礼で厄払いをする。

そんなときも、家族の魂は分離しやすく、病気になりやすい危険な状態だ。
すでに、魂が分離してどこかをうろうろしているかもしれない。

だから、抜け出た魂を呼び戻すために、あるいは抜け出そうな魂を身体に繋ぎとめるために、
術をほどこす。

家族の上着を若い年齢順に重ねて丸め、それを竹かごの中に、わずかな精米と、ゆで卵やご飯、水といっしょに入れる。そこに術を施し、魂に呼びかけて、よせあつめる。



昔、僕が今は亡きエン先生からひょうたん笛を習っていたとき、あるエピソードを語ってくれた。

エン先生が若かった頃、村のある老人に呼ばれて家を訪れた。その老人はもう高齢で孫もいたが、妻には早くに先立たれていた。衰弱した老人は自分で吹けなくなってしまったひょうたん笛の音色が聴きたかった。
そしてエン先生に「古い調べ」を吹いて聴かせてくれと頼んだ。
エン先生は老人に笛を吹いて聴かせた。
老人は涙を流して聴き入った…。



僕も、ある老人が笛を聴きたい、と言うので笛を演奏したことがあった。
そのときは何の理由か知らなかったが、僕は下手なりに古い調べを吹いて聴かせた。

翌日老人が訪ねて来た。笑顔だった。
その老人は、「おまえの笛の音を聴いてすっかり元気になったよ」と言ってくれた。


今も老人たちはひょうたん笛の古い調べを好んで聴く。
いや、それ以外を「曲」や「音楽」と認めない、と言えるかもしれない。

昔、ひょうたん笛の音色は人々の身近にあった。
いろんな経験と記憶が笛の音色と関係していた。
笛の音を聴くと、普段は思い出していなかったこと、僕たちが経験したこと、楽しい記憶、悲しい記憶を呼び起こす。


笛の音色が鳴り響くとき、そのあいだ、

その音は身体のなかに眠っていた経験を呼び覚まして、よせ・あつめ、

僕らのこころのなかに、物語が動き流れている。


病気になった老人が、笛の音色を聴いて元気になったのも、宿主が恋しくなった魂が笛の音色につられて、もどってきたからだろうか。


シャマンがうたをうたっているときも、
僕たちの魂は、よせ・あつめられている。

きっと、
今ここ日本にいても、笛を吹いたり、懐かしい音を聴いたとき、
いろんな記憶とともに、僕のたましいがうずくんだろう。

僕の脳みそが覚えていなくても、
僕の身体の無数の魂が記憶している。



音が

そんな僕が忘れていた記憶を持つ魂をつなげて、ひとつの物語を

こころのなかに生み出す。









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