中国雲南、タイ、ラオス、ビルマの人、生活、そして音楽。 ひょうたん笛(葫芦絲)演奏者が綴る「おと」、「ことば」  
大阪の夏はどうも慣れません。
誰かが大阪の夏はクレイジーだといっていた。

僕はワン母に電話をかけて久しぶりに挨拶をした。
亜熱帯気候の雲南西南部にあるタイ族の村は、今年は雨ばかり降り続くという。

カチン族の父は夏風邪をひいいたそうだ。ワン母はあいかわらず不眠がつづく。
今年ももまた一つ年をとる。

タイ族の村ではちょうど3ヶ月間もある雨安居の期間に入り、老人たちは7日ごと、あるいは14日ごとに寺に篭る。
僕が去年村を離れたときは未完成だった寺院がほぼ完成し、今年の夏はみな新しい、コンクリートの寺院でお経をあげているだろう。きっと、立派なお寺になって、みなの心もすがすがしいだろう。

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日本軍に注射を打ってもらってから病気をしていないという、村の長老は元気でしょうか。
齢90後半の今も毎日米でつくったあのスラー、神の酒を、飲んでいるのでしょうか。
そして儀礼のおわりに聖なる水を地面に注ぎ、仏への帰依心を誓い、自然とあらゆる生き物、この世界に生きる人びとに、あなたが得た少しの徳を、何億、何兆、何景、粉々のほこりになってしまうほどに分割して、みなに分け与えているのでしょうか。
そのわずかなあなたの徳が僕にも届いているのかと想像すると、つながりを忘れていた日常に反省をしながら、「元気でいますか」と声をかけたくなります。

僕に竹細工を教えてくれたおじさんは、どうしているだろう。
今年も寺院に上がる老人や、今年から初めて寺院にあがる人たちに立派な竹の籠をたくさん編んでいたのだろうか。

一昨年の夏は、まだ木造だったぼろぼろの寺院のしたで、僕とおじさんは黙々と竹ひごをつくった。
暑い夏だったけど、風が心地よく、そばの田んぼで稲穂が泳ぐ様子は、海のようだった。
酸っぱい料理、塩辛い料理が暑さに効く。

「「大きな」海ってどんなところだい?」

おじさんが僕に聞いた。
あのとき、僕には上手な形容ができなかった。
寺の外一面に広がる水田の稲穂が風に揺れるあの様子こそ、母なる海と同じだった。

汗を流して米を育てる。僕は最後まで米の仕事だけはしなかった。
闖入者の僕には大切な命の糧を興味本位で手伝うことができなかった。

今年の夏、母方の祖母が亡くなり、青森を訪ねたとき、親戚のおじさんが僕と弟を近くの田んぼに連れて行ってくれた。

田んぼに種類の違う稲を植える。稲が育ち、そこにあらわれるアート。
田んぼアート。

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きっと今頃が一番の見ごろだろう。
心ある人が田んぼを無償で貸して、まちのピーアールのために数年前からはじめた。
いまでは高台から見る角度を計算して、コンピューターで稲を植える位置をデザインしている。


「海はしょっぱいです」

村のおじさんたちは想像がつかないという顔をした。

魚は塩水じゃ、そだたないぞ。
きっと海に行く機会なんてないから、わからないな。
家の小さなテレビじゃなにもわからない。

そうですね、僕はうなずく。

でもね、

「海は涙のようにしょっぱいんです。」

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