中国雲南、タイ、ラオス、ビルマの人、生活、そして音楽。 ひょうたん笛(葫芦絲)演奏者が綴る「おと」、「ことば」  
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気持ちを新たに

長らくブログの更新ができませんでした。
ようやく一息ついて、気持ちを新たにまた日々の発見を書いていきたいと思います。

この10日間、中国から僕の恩師が来ていました。
69歳になる雲南省の雲南芸術学院で教鞭をとる張先生。

98年、僕は張先生についてフィールドワークにいった。
その経験が今の研究と演奏につながっていることは確かです。

たくさんの雲南の少数民族の村々を歩き回り、フィールドレコーディングをしてまわった。
僕は映像撮影を担当して、初めての機材の扱いに不慣れながらに手伝った。

当時、数日の滞在だけでレコーディングをして次の村に移動する方法の繰り返しに疑問を感じたこともあった。



消えかけていく音楽を記録する。
消えてしまった音楽を思い出してもらう。
老人たちの笑顔を見る。
そんな失われる音楽があることに悲しくなった。

でも、
若者たちのすてきな歌声や演奏を聴けば、嬉しくなった。

今思えば、張先生が30年かけておこなってきたレコーディングは、少数民族の失われていく音楽を後世に残そうとする、先生なりの方法であり、唯一の道だったのだろう。
30年という時間は、時の流れのなかにある人の記憶、人の命、音楽の命との格闘の歴史だった。


張先生は今も現役バリバリにフィールドワークにでかける。
一年に何度も調査に出て、できる限りの音楽を記録している。
最近の仕事は若い世代に伝わった音楽の変化の記録ともいえるかもしれない。

交通の便も良くなり、機材も安価でいいものができた。
先生も車で移動するようになり、昔のように無茶することはない。
修士課程の学生たちをつれて調査に行く。

どれだけ便利になって調査しやすくなっても、学生が育たないことに憂いを感じている。


10年たって、僕はようやく張先生にすこしだけ恩返しができるようになった。
調査資金を調達したり、そして今回のシンポジウムの開催で日本に招いた。
姉弟子のアメリカの先生も呼んでしばしば休息と楽しいひと時を過ごせた。
奥さんも一緒に来てくれて、なんだか賑やかな家族旅行のような時間だった。

先生の若々しい顔にも皺が増えた。
頭髪は染めているけど、本当はもう真っ白だろうか。

まだまだ長生きして欲しい。

僕の恩返しはまだまだこれからですから。

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