中国雲南、タイ、ラオス、ビルマの人、生活、そして音楽。 ひょうたん笛(葫芦絲)演奏者が綴る「おと」、「ことば」  


日本の冬はあちこちで雪が降る。
今朝の大阪は霜が降りていて、地面は真っ白だった。

冬は苦手だが、普段気づかないものを気づかせてくれる。
僕たちは呼吸をしているが、普段はその息を意識することはない。
寒空で息を吐くと、白い息が見える。息を吸えば、冷たい空気が肺に入ってくる。

音はいつも見えないし、鳴っては消えていく。
でも、音が「見える」ようになる瞬間があるのかもしれない。
IMG_6243.jpg

音は見えないし、触ることもできない。
鳴っては消え、ときに無の中に存在を感じさせる音が浮かび上がってくる。

音がどこから来るのかも予想がつかない。
足元から響いたかと思えば、頭上から音がふってくる。
ときには高速で音が遠くから近くへ、そして近くから遠くへ駆け抜けていく。

今の部屋を賃貸し始めたのは夏だった。
一日目、引越しの当日、僕は窓を開けていた。
そこに小鳥が部屋の中に入ってきて、狭い部屋を飛び回った。

「ぴぴぴぴぴ…」
と鳴き声が円を描く。

「ばさばさばさ…」
と羽ばたく音が響く。

しばらくして、小鳥は翔け抜けていった。


僕と鳥の間にはコミュニケーションがなかったのだけど、
文化を異にする地域では、鳥にカミさまの声を聴く。
そしてそのカミの声をもつ鳥の鳴き声を模倣するという。

僕がワン母のうたを聴き、ワン母のうたを真似る。
ワン母たちのうたを知りたいと、耳をそばだて、頭脳を回転させる。

でも、音を理解する瞬間はそんな一生懸命な身構えた状態を越えたところにあったりする。


突然、歌声が描く空間世界がイメージされる。音が見えたような瞬間。

ロックでも、ポップスでも、なんでも、そんな瞬間があるだろう。
ただ、それらのイメージが写真だったら、即興うたは常に変わり続ける生きたようなイメージが想起できる。

うまい表現を感じる時、
タイ人の友人と演奏していると、彼はよく「それアローイ!」(おいしい)という。
タイの表現ではないようだけど、「うまい音だ」って表現する。
僕らは即興演奏を楽しむから、一期一会の音の重なりに身震いする瞬間がある。


おいしいものを共に食べる。
香ばしい匂いを共にかぐ。
ぬくもりを共に感じる。
美しい音楽を共に聴く。
そして音を共につくる。


ある時、ある空間で、ひょんなときに同時に「おいしい」瞬間を感じることがある。

音が見えたような、音が僕と他の人をつなげてくれる瞬間。


冬は手がかじかんで、笛を演奏するのが難しい。
外も寒くて、自然の音をゆっくり聴こうとできない。

そんな毎日だけれど、白い息をみておもうのです。
音がみえた、ような瞬間を。それも、ひとりではなくて、誰かと共に感じた瞬間を。



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