中国雲南、タイ、ラオス、ビルマの人、生活、そして音楽。 ひょうたん笛(葫芦絲)演奏者が綴る「おと」、「ことば」  
先日、タイ族の友人のところに行って古いタイプのひょうたん笛のレプリカを作ってみた。

僕の友人は笛の先生の兄の息子にあたる。最近村から上京してきて、笛の先生の工房の「フルス(葫芦絲)」―ひょうたん笛、の制作を手伝っている。

彼はまだ20代半ばの青年。酒もタバコもたしなまない、珍しい青年である。僕のよく行く村のタイ族の若者といえば酒をたらふく飲んで騒ぐものが多いのだが、感じではどちらかというと、ビルマやタイにいるタイ族の人たちのような、おっとりとして、酒やタバコにおぼれない感じだ。


若かりし頃の僕の先生はきっとこんなかんじだったんだろうと、そんな印象の友人は先生とそっくりのしぐさ、歩き方、しゃべり方、瞳の感じ、そして演奏の仕方をする。

特に、笛で演奏する唯一のタイ族の伝統曲「古い調べ」は僕がこれまで聞いたどの青年よりも感情がこもっている。その旋律を聴けば「うた」が聞こえてくる。彼はそんな演奏をする。

笛の先生はもうずいぶんそんな感情のこもった、逆に言えば「俗っぽい」感じの古い調べは吹かなくなってしまった。
彼の演奏は僕が昔聞いたある老人の笛に似ている。僕が今まで聞いた中で一番美しく、感情がこもっていて、物語のような演奏だった。あれからもう8年。
8年前老人は僕が尋ねた後すぐにこの世を去った。

彼の演奏はそんな老人と同じように素朴で美しい演奏だ。

いつだったか、中国人の友人が目に涙を浮かべて僕に言った。
もしも僕があの老人の演奏を録音していなかったら、僕を除いてほかの誰もこの老人の演奏を聴くことはなかっただろう、と。

いつだったか、(たしかどこかに書いたことがあった)笛の先生にこの録音を聞かせたとき、先生は身体を震わせていた。
これが本物のタイ族のひょうたん笛だ、と。もう二度とこの演奏を聴くことができない、そう言って休めていた手を動かし、またひょうたん笛を作り始めた。

今では笛の演奏に意味をこめて女性に想いを伝える習慣はなくなってしまったけど、僕の友人のように、若者が再びあの老人のような演奏を蘇らせることができるのだと、嬉しくなった。

さて、僕はついこないだタイ北部でひょうたん笛を作れる老人にようやくめぐり合えたわけだが、実物を持ってくることはできなかった。正確には去年この老人が作ったひょうたん笛はもらっていたが、こちらに持ってきていない。
僕は雲南省でまだきちんと聴いたことがない歌があった。それは僕が行く地域のタイ族とは別の地域のタイ族で、少々異なる、ビルマよりのタイ族地域の歌で、「サルウィン川の歌」という。
この曲は「古い調べ」と同じような曲調の、古い歌だ。
演奏できる老人はまだわずかにいて、僕のひょうたん笛で演奏してもらったことがあったが、音階のタイプが違うため老人は演奏できなかった。

来週、再びその地域に行こうと思っている、そんなわけで友人に頼んで復元してみることにしたのだった。
僕も作れないことはないが、リードの作成に時間がかかる。
友人に頼んでみれば、どうも「音の質」は違うのだけど、それなりの楽器ができた。
録音を友人に聞かせてみても、やはりこの地域のリードを作れるようになるにはまだ一工夫必要なようだ。

つくった笛を吹いてみると、「うーん、音は中国のひょうたん笛だな」といった感じ。

とにかく笛はできたので来週に以前あったことのある老人を訪ねようと思う。


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