中国雲南、タイ、ラオス、ビルマの人、生活、そして音楽。 ひょうたん笛(葫芦絲)演奏者が綴る「おと」、「ことば」  
間(あいだ)にあるもの ―ひょうたん笛と葫芦絲(フルス)の狭間で揺れる人びと ③



ひょうたん笛、フルスから少し離れて、広く社会を見回してみよう。

民俗的なもの――今の私達のカテゴリーでいう芸術の範疇に納めてしまうような音楽、楽器、演劇、絵、彫刻、刺繍、踊り、食、などなど――は、本来の文脈とは切り離され、グローバル化した社会において様々に流用されている。
流用する意図のほとんどは、経済的な消費の対象として、商品化に関係したものだといえるだろう。

たとえ、それが、経済社会で生きる芸術家の「民俗からインスピレーションを受けた」という御託であっても、最終的に芸術家は生きるために作品を評価されるシステムのなかへ、アートワールドへ投げ入れて、自分の地位を確立しなければならない。

タイムリーな話で、毎日新聞 が8月10日(水)21時45分配信した「<エルメス>メキシコ先住民族に熱視線」がある。

「フランスの高級ブランド「エルメス」は先住民族の一つ、オトミ族の伝統的な刺しゅうを新作スカーフのデザインに採用し、3月から日本など40カ国で売り出している。・・・・・・「村はうち捨てられた場所だった。オトミ族の文化が世界中で認知され、作品がもっと売れるようになるかもしれない」。自分のデザインが採用されたビセンテさんは「エルメス効果」に期待する。だが、エルメスのスカーフが1枚5360ペソ(約3万7000円)もすると知り、驚いている。ビセンテさんは下絵1枚を150ペソ(約1040円)で売って生活しているのだ。・・・・・・
ビセンテさんはエルメスのスカーフのデザイン候補として10枚の下絵を描き、サンニコラスと隣村サンパブロエルグランデの女性計7人が刺しゅうを施した。エルメスはその中から二つの柄を選び、使用権を計5000ユーロ(約57万3000円)で買い取った。支払いの半分を大衆芸術博物館が受け取り、残りはサンパブロエルグランデの小学校改修費に使われた。・・・・・・」

エルメスは先住民アーティストの足元をみている。わずかなライセンス使用料しか払わない。
(他社が流用するのを防ぐために、著作権という近代社会の価値観で人間の創造行為=芸術を束縛しようとしているわけだが…。)


ひょうたん笛、フルスの変遷はどうだっただろうか?
ざっと、俯瞰してみよう。

ひょうたん笛は、
漢族(ここでは支配的立場)からみて、50年代までは「民俗」の未発達の、「幼年期」の「楽器」だった。
そのうち、中央では民族楽団なる中国の伝統楽器を用いて交響楽団をつくろうという運動がおこり、その思想に触発された音楽研究者たちは、フルスを「発掘」し、「改良」を加え始めた。 彼らの主張は「改造」ではない、「改良」なのだ。

文化大革命では、旧社会の遺物としてタイ族の楽器は演奏が禁止される。その曲も禁止される。
タイ族の歌であっても、タイ族語で歌われることは禁止され、毛沢東や共産党を称揚する歌を歌うように強制される。

「毛沢東は漢語をしゃべる。おまえたちはどうしてタイ族語で歌っているんだ? 漢語をしゃべれ、漢語の歌を歌え!」(ワン母が文化大革命当時言われた言葉)

改革開放期、フルスはまだ大衆には受け入れられていない。ただし、改良された楽器は舞台芸術において用いられるようになる。
「民族風情」を演出するために。

そして、90年代後半、エン氏による中国流行歌、チャイニーズポップスのインスト曲の演奏がはじまると、フルスは「商品」として「金のなる木」、消費の対象になる。

最近は、中国全体で「原生態」(ありのままの)が流行だ。一般的にいう「伝統」「昔ながらのもの」「エコ」だ。
少数民族地域への観光旅行も流行だし、ユネスコの影響を受けて国内では「文化遺産」認定ブームが起こる。

しかし、中国社会は「ありのまま」を残したりしない。それは「発展」のために「利用」されるべく、「改良」されてしまう。この基本原則は暗黙に了解されている。

ここで問題です。

A.流行歌をきいたことのない村の若者がうたう「X」という民謡と、
B.専門的トレーニングをうけた歌舞団の芸人がうたう「X」という民謡。

どちらが「ありのまま」か?



答えは、・・・「B」です。
「A」は商業活動にいろいろな理由で使い物にならないという判断だ。


もちろん、より原始的な経験を求める人びともいる。しかし、表舞台に出るのは「B」のタイプ、Bを目指して改良を加えるタイプのものだ。

フルスは、「原生態」ともマッチしつつ、「改良」も加えられて、タイ族の「民俗のもの」から中国の「民族のもの」になった。


こうした変遷は、まったくタイ族の人々とは関係のない文脈で進んでいった。



僕が最初に違和感というかカルチャーショックを受けた体験があった。

村の老人達が僕に言う。
「最近のひょうたん笛は、何を『言っている』のかわからん
老人達にとって、ひょうたん笛は恋愛のために「ことば」を伝える楽器だった。
昔は、演奏される曲にも、「言語的メッセージ」が含まれていた。
(厳密な「しゃべる楽器」ではないが、かつてメロディーで言語メッセージを伝える技術があった)

老人達は今の流行歌を聞いても「わからない」と言う。
「こころにはいらない」と言う。

そして、僕が『古いしらべ』を奏でるとき、
メロディーを聞いて、「あの○○○という意味は・・・」と、メロディーが持っている意味を懐かしそうに思い出して、僕に語ってくれる。
「お前の古いしらべは『こころにはいった』よ」と・・・。


タイ族の文脈と、現代のフルスがおかれている文脈のギャップはあまりにも大きい。

残念ながら、その『古いしらべ』(古調、古歌)でさえ、外の人びとの西欧近代的音楽観によって解釈されてしまっている。
今、若者は固定化された『古いしらべ』しか知らない。本来は、もっと即興的なものだった。

『古いしらべ』を「音楽」というカテゴリーで理解する思考は、タイ族の若者にも影響をあたえる。
僕らくらいの世代では、かつてメロディーに含まれていた意味など、何の意味ももたなくなったのだ。

重要なのは、メッセージ性をどのように「表現」するかではなく、どのように「音」を上手に「演奏」するかなのだ。
価値観は変化した。
評価体系外の世界でそのようにできてしまっているのだ。

近代西欧社会が産み出した芸術システムのなかでは、タイ族のひょうたん笛のような「原生態」楽器は、ありのままの、無形文化遺産として価値をもつ「真正」なものとして発見され、やがて「改良」という行為によって救済された。
しかし、発見され、救済されたのは「ひょうたん笛」というモノであり、利用価値であった。


ひょうたん笛に付随されていた文脈的意味や知恵、作り手、継承者達は、救済の対象ではなかった…。


そしてもちろん、僕の友人たちのように、外の世界へ救済されていったフルスに、
彼らがアクセスすれば、外の世界とのコミュニケーションの道が、ネットワークが開けるわけだ。

かれらもフルスをつくり、売って、いくばくの現金を手に入れることが出来る。

しかし、彼らはフルスのタイ族的文脈の存在価値を主張してそのネットワークに切り込むことはできない。
あくまでも外の慣習に従ってアクセスしなければいけないのだ。


つづく
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