中国雲南、タイ、ラオス、ビルマの人、生活、そして音楽。 ひょうたん笛(葫芦絲)演奏者が綴る「おと」、「ことば」  
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夜の散歩 においの夜景

夜11時頃、僕はものを書く手をとめ、気分転換に住宅地のなかへ散歩に出かける。
近くには大きな神社と池を中心に閑静な住宅地が広がっている。
街灯のある道路をわたり、暗く静まりかえった道を奥へ歩き始める。

視界は暗闇に覆われ、あたりの色やかたちははっきりしない。
昼間見ればどこも隙間なく家屋が建ち並んでいるどこの住宅地とも変わらない景色が広がっているのに、夜は雰囲気が違う。歩き始めると、秋の夜の肌寒い空気のなかに、虫たちの優しい鳴き声が耳のなかに響く。
そして僕は思いにふけり、歩を進める。やがて、自分の足音を聴き、歩く振動が脳に伝わるのを感じる。
いつのまにか、自分の呼吸を意識する。
息を吸うたびに、空気が肺に入る手前で、僕はにおいの存在に気づかされる。

一呼吸終えるまで、何歩歩くだろうか。歩を進めながら呼吸をするたびに、僕は新しいにおいを嗅ぐ。
においのもとは、たぶん家から漂うのだろう。

僕らはにおいをことばにするのが下手だ。そもそもことばはにおいを形象化することが苦手だ。
陳腐な形容詞でしか、豊かに広がるにおいをとらえることができない。
においは、瞬間の中で感じる。
ことばにはならないにおいは、僕にいろんな記憶や感情を呼び覚ます。
まるでにおいのなかに忘れていた記憶をつめこんでいるかのようだ。

住宅地を歩きながら、呼吸をするたびに、一軒の家をすぎるごとに、においは変わる。
「また違う匂いがする。」
以外に、どの家も異なるにおいを漂わせている。
周囲の排水溝や植物や樹木からも匂いがするが、僕は家の中から漂うにおいに惹かれてしまう。

呼吸をするたびに、数秒生き続ける。そしてまた空気を吸い、命を長らえる。
そのたびに、つい香ってしまう家庭のにおいに、安らぎと切なさを感じてやまない。
どの家からも違ったにおいが、人の生活を感じさせる。

ひとりで暮らすことに慣れてしまい、一人でいる時間が多いから、周囲にいつもあるにおいに、ふときづいて、しばらくにおいの観察旅行にでる。

あそこからも、ここにも、優しいにおいがただよう。
急にまだ帰るあてのない旅のなかにぽつんと立ち止まっている感覚をおぼえて、せつなくなって、嗅いだにおいを忘れていく。
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