中国雲南、タイ、ラオス、ビルマの人、生活、そして音楽。 ひょうたん笛(葫芦絲)演奏者が綴る「おと」、「ことば」  
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シャマンと対決する ②


タイ族の村はどこにいっても上座仏教の寺院があり、一見して皆が敬虔な仏教徒であるようにみえる。それは確かなのかもしれないが、信仰生活は仏教だけが意味をもっているわけではない。
といっても、普通に会話して仏教のことや精霊のことを聞けば、大抵皆「精霊なんて迷信」という。政府が土着の信仰を迷信といって批判してきたことも影響していると思う。特に、普通にシャマンのことを聞いても、怪訝な顔をして無視されるか、知らないと答えられてしまうだろう。

だた、村や地元の人びとと話をしていくと、なにやら怪しい話題が出てくる。

お寺には、タイやビルマのような僧侶がいない。
文化大革命でお坊さんは強制的に還俗させられてしまった。もともと、この地域では「男子は全員出家しなければならない」という価値観はなかったので、お坊さんの数はすくなかったようだ。

また、近年の僧侶の噂は良くない。
ビルマから招請した僧侶がいくつかの寺に止住しているが、老人たちが経験し記憶してきた僧侶のイメージからかけはなれてしまっている。主な理由が戒律をまもらないこと。
老人たちにとって、僧侶は「聖者」のように絶対に正しい存在でなければならない。
非常に厳しい見方なのだけど。
僧侶を信じないかわりに、仏の教えを自分たちで実践していく。僧侶が必要なのではない、仏の教えを守ることが大切なのだ、という。

そんなわけで、ほとんど村の寺院には僧侶がいない。
くわえて、最近は影響力、カリスマをもった老人もいなくなり、仏教への情熱は下火にあるといえるかもしれない。
急速な社会変化もあり、お金を稼ぐことは緊急の問題で、政府による土地のまきあげとか、生活を圧迫する出来事も増えた。

いろいろな状況があってのことだと思うが、この数年、とかくシャマンの出現が多いと聞く。

シャマンになりたくてもなれないが、なるべくして「なってしまう」という。
最初は、日本で言う狐につままれた的な憑き物の現象に似ている。
はじまりはいつも体調不良だ。
病院にいっても体調がもどらない場合、ああ、それはきっと【憑き物】が原因じゃないの? と、
「憑き物」に対処するためには仏教では対処できず、2つの選択肢があり、一つは占い師に見てもらい原因と解決方法を探ること。もうひとつが、シャマンに依頼して、本当に「憑き物」があるのか、見てもらうこと。

そして、もしもシャマンが患者に「憑き物」がついていて、容易に引き剥がせないと判断したら、患者はその「憑き物」と共生する道を選ばなければならない。毎日、「憑き物」にお供え物をしたりすること。
やがて、体調が良くなり、そんな供え物の習慣も忘れていくと、数年後に同じ病が再発したりする。

最近、シャマンが多いといったのは、シャマンがグループを形成しはじめたというから。
以前は、治療者と患者の関係の延長線上で、「人」の上下関係があったかもしれない。
いまも、毎年ある月に、たくさんのシャマンが山に登り、そこで秘密に「うた」を掛け合って自分の守護霊を「遊ばせる」ことも行っているらしい。

今は、大守護神が患者の「憑き物」を飼いならして、シャマンになった患者はその大守護神のもとに集まるというのだ。

なにやら、怪しいニオイがしてきた…。


前置きが長くなったが、つづく。
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