中国雲南、タイ、ラオス、ビルマの人、生活、そして音楽。 ひょうたん笛(葫芦絲)演奏者が綴る「おと」、「ことば」  
シャマンと対決する 4


僕らは先に彼女の実家について、彼女がこちらに来るまでその家族となごやかな雰囲気のなかで談笑した。

僕は初め不安だった。
シャマンが守護霊を憑依させて日本語をしゃべるなんて、ありえない...。
もし、僕がそのことばを解らなかったら、シャマンあるいは彼女は怒り出すんじゃないのか?

運転手は気にしなくていい、と言う。
ワン母も同感で、
「もし彼女の嘘がばれたら、それは善いことだ。誰もだまされなくなる。」

運転手は
「彼女は本当に信じているんだ。自分に憑依する守護霊が彼女の身体を借りてしゃべることばが日本語だって。もし日本人のおまえが聞いても解らなければ、彼女も考えるだろうさ。俺は正直言うと信じないけどね。」






その女性がやって来た。
にこやかに挨拶を交わし、ゆっくりと話をする間もなく、交霊の準備を始めた。

「あなたはタイ語がしゃべれるんだね?」
「少し。」
「わたしの守護霊は日本軍将校らしいの。何を話すのかわかるといいわ。」


ワン母はてきぱきと花や竹製のお盆などを用意する。ここの慣わしでは依頼者は1升くらいの精米といくばくかのお金、花をシャマンに贈る。
僕たちは米を持ってきていなかったので、ワン母は家の老人から数元の現金を払って米を買った。

運転手は羽振りがよく、赤い100元札をテーブルに置いた。
普通なら5~10元くらいなのだが、無理矢理に僕と女性を対決させるので奮発したのだろうか。


あっという間に準備は終わり、彼女は祭壇に5本のローソクと線香を点け、床にござを敷いて座った。
始めに仏祖に対してパーリ語の誦経文を唱える。
そして、守護霊を降ろす請願の祝詞を唱える。つっかえることなく響きのよい韻律文が大声で発せられる。どことなく緊張感が漂う。

しばらくすると、彼女は胸の前に手を合わせたまま、眼を閉じてしゃべりはじめた。彼女の声質は高くなり、少々高圧的な口調に変わる。

「これからザオ(守護霊)がお話になる。おまえは正直に答えなさい。答えているとき、こころのなかでザオを疑ってはいけない。疑う心はザオにすぐ知られてしまう。ぜったいに疑ったり、嘘をついたりしてはいけません。聴かれたことを正直に答えるのです。」

「はい」

「では、わたしの隣に座り、仏とザオに参拝しなさい」

僕は言われるままに女性の隣に座り、祭壇に対して3度の礼をする。

「ザオに対して、おまえから請願しなさい。日本語で言いなさい。」

ここで僕は少々とまどってしまう。運転手とワン母が、ただ会話しに来たと言えばよい、と言った。
とりあえず、僕は日本語でごもごもと請願の文を適当に唱えた。

「ザオがこれからお話する」 女性が唐突に言う。

そして、
なにやら、
彼女は低く響く声でしゃべりはじめた。

『○※×▽@■~・・・』

「おまえは今ザオがしゃべった言葉がわかるか?」

「・・・ (汗)。」

『○※×▽@■~』

「なんと言っているかわかるか?」

僕は躊躇したがはっきりと答えた
「わかりません」

つづけて女性は、
「では、これはわかるか?」
『◎∵×○※□~』

これはどうしようもないデタラメ『日本語』だ。
「わかりません」 僕は日本語で答えた。

その後、しばらく守護霊が不明の言語でしゃべり、僕はそれに対して日本語でわからないと言い続けた。


運転手は呆れ、やがて声で笑いをこらえていた。
シャマンの家族たちも彼女と僕のやりとりを見て、ため息を漏らす。

「では、あなたからザオに対して挨拶しなさい」

僕は日本語で簡単に挨拶した。
すると、彼女は低い声で、なにやら『▲◎○※∵×』と言う。

「ザオは「元気だ」と言っている」

つづけて、彼女は日本には何人家族がいるのか日本語で答えなさい、と言う。

僕は日本語で家族を言いあげるが、言っているそばからこれなら言葉の分節で家族が何人いるか予測するのだろうな、と思った。

「ザオはおまえには姉か妹がいるだろうと言っている。そうか?」
「はぁ、妹がいますが…」と、僕はタイ語で答える。

この質問にはワン母も苦笑いを隠せないようだ。


ことごとく、僕はシャマンが言うことばがわからなかった。

挙句の果てに、シャマンは「守護霊の言葉は3世代前のことばで古いのだ」という。
僕はどう答えてよいのかわからなかった。


なかなか対話も進まず、やがて痺れを切らしたワン母が「ザオよ、あなたは日本のどこから来たのか?」と問うた。

シャマンはこのままでは埒が明かないと見て、日本軍将校の守護霊のことばを通訳するために、ダアーン族の守護霊を呼び出す、と告げた。


どうやら、こういうことだ。
いくら日本軍将校の守護霊とはいえ、異界に住む霊たちのことばは人間には不理解なのだ。

タイ族には「霊のことばは毒」ということわざがある。
生きている人間にとって、霊のことばは毒と同じで、直接聴けば魂を持っていかれるということだ。

シャマンは人間と霊の間をとりもつため、媒介者となって両者のことばを翻訳する。シャマンはある種の機械のようなもので、霊のことばはシャマンの身体を通すことで人間が理解できるものとなるらしい。

シャマンはまだきちんと守護霊を「降ろす」ことができないので、ダアーン族の霊を別の次元の媒介者になってもらい、コミュニケーションの回路を作るのだ。
なんともややこしい。


ここからはすべて徳宏タイ語で対話が進んだ。

「ザオの家は南の山の上にあり、そこには一族が守ってきた廟のようなものがあるそうだ」
「その廟には開かずの扉があり、その中には宝刀が納められている。ザオが戦争で死んで、今は誰もその廟を守っていない、」
「建物は3階建てで、建物の中は円錐状に空いている。」
「おまえは知っているか?」

こう質問されても、日本は広いし、なんとなくそれらしい建物はありそうでもある。
僕は「日本は広いのでどこにあるかわかりません」と答えた。

ワン母は終わりのない問答に飽きたらしく、時間も深夜12時になろうとしていた。
「ザオよ、ありがとうございます。もういいでしょう、お疲れでしょうから私たちは帰ります。」

シャマンは最後に、
「おまえはまだ独身のようだが、今おまえのことを好きな女性たちがいる。誰を選ぶにしても、5月まで待ちなさい。」
と言った。

女性は再びパーリ語の仏教の誦経文を唱えた。守護霊は帰って行った。

憑依を終えた女性は疲れた様子も見せず、すっきりした様子で、ことばが通じなくて残念だ、と言った。
そして、ザオが言った建物を見つけたら教えてほしい、と僕に言った。

どうやら、彼女の信仰は、この時点ではゆるぎないもののようだ。

僕らは簡単に別れの挨拶を述べ、家路についた…。



運転手はやっぱり嘘だった、と勝ち誇った様子だった。

すでに前のブログ(シャマンと対決する2)で、最近、この地域にはシャマンの集団がつくられている、と書いた。
ワン母はシャマンの憑依には半信半疑で、別のシャマンに騙されているのではないか、と言う。人の身体の病いとこころの不安定な状態につけこんで、彼女をシャマンにしたてあげようとしたのではないか、と。

シャマンにならず守護霊と共生する女性は多い。シャマンにならないかわりに、生涯を通じて守護霊を崇める。そうしないと、いつかまた病いが再発するといわれる。

宗教は理不尽な出来事、不可解な情緒に対して、一定の形式をあたえ、他人に語りやすい物語を生み出せるようにしてくれる。
最近流行っている新しいシャマンたちのグループは、どんな大きな物語をつくり、人びとをとりこもうとしているのだろうか。

こうして、僕とシャマンの対決は終わった。
運転手は満足した様子だが、僕にはますます謎が深まったようにしか感じられない。
結局、漠然とした「現実」から現れるイメージとリアリティは、受け手によって様々で、決してひとつのものはない。
あの女性にとって、女性のこころのなかで響く守護霊のことばは、今も『日本語』なのだろう。





コメント
信仰と宗教
単に「信じる」といっても内容もレベルも様々で理解しにくい。精霊信仰(一応こう言っておくとして)と仏教という宗教が混在するこの地域は本当に面白い。そして現代日本人である我々には、すでにそれらとは異質の「基準」が心の中にあり、何か客観視している自分を観る。わたしはそういう事をどう知りたいのか。どう認識したいのか、どうしようとしているのか・・・・・・
 
 
2012/01/29(日) 12:40 | URL | 野中 明 #-[ 編集]
なんだか丸く収まったようで、ほっとしたよ。
 
 
2012/02/09(木) 08:24 | URL | 亮介 #-[ 編集]
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