中国雲南、タイ、ラオス、ビルマの人、生活、そして音楽。 ひょうたん笛(葫芦絲)演奏者が綴る「おと」、「ことば」  
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哭きうた その1

ご無沙汰しています。ひさしぶりの更新です。
今回はこれまでにもちょくちょく触れてきた「哭きうた」について。短編ビデオをアップしてご紹介します。

* * * *

タイ族社会では主に女性が「哭きうた」をうたう。
哭きうたは、大切な人とのつながりを失うときにむせび泣くような声でうたわれる。

僕が最初に哭きうたを聴いたのは98年の秋。かれこれ14年前のことだ。
ようやく中国語がしゃべれるようになった頃、毎週個人的に民族音楽の概論を教えてもらっていた雲南芸術学院の張興榮教授のフィールドワークに助手として同行することになった。
楽理とか難しいことを知らない、本当にただの留学生でしかなかった僕は、「真剣に学ぶつもりならついてきなさい」という張先生の一言がうれしくてしょうがなかった。





張先生はとにかく学術界で空白だった雲南省の様々な土地の少数民族と呼ばれる人びとの音楽を記録することを第一義としていた。文化大革命終了ごろから70歳近い今でも毎年最低2回は1ヶ月以上、長いときは3ヶ月の調査を行っている。とにかく記録して収集した資料を音楽的に分析するのが先生の研究だったので、基本的に訪れる村には長居することはなかった。それでも先生は同じ村を何度も訪れて歌い手を見舞うことを忘れていない。だから、僕の最初のフィールドワークは2ヶ月近く日替わりで異なる民族の村々を歩いてその土地に生きる人たちの歌や踊り、楽器の演奏などを聴いて回るものだった。

僕に強烈な印象を残したのは、やはり哭きうただった。
張先生は長老にお願いして村の喉自慢を招き、うたを歌ってもらう。
様々なうたを記録し、当然のことながら、張先生は哭きうたをリクエストする。
最初はしぶる歌い手たちは張先生のジョークや熱意に動かされ、それでは…と歌いだす。
恥ずかしそうにうたい始め、やがて歌詞に感情がのりはじめ、ついには涙を流しながら歌う。

労働が終わった後の夜中に聴く哭きうたは特別だった。
車の音も聞こえないような山奥で、ただ草木のざわめきと、虫たちの鳴き声だけが風に乗って聴こえる。気温の変化が激しい山のなか、時の経過は肌で感じる温度としっとりした空気から感じることができた。
静寂と騒音が表裏一体の自然のなかに響く哭きうたは、僕だけではなくその場に居合わせた酔っ払いの野次馬すらも悲しみに誘った。
泣き声に混じった彼ら・彼女らの言葉が響くと、虫の声も聴こえない静寂が周囲を包む。鳥肌がたつのはもちろん、深く心にしみる、冷気のような悲しみがしみてくる…、そして声が止んだあとに急に襲ってくる自然の騒音が、不意に心と目頭を熱くした。

そのときは言葉を理解できなくても、心を揺さぶる情動に溢れた声が、
ただ、すばらしかった。

つづく



タイ族の哭きうたについては次回の更新でお話します。

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