中国雲南、タイ、ラオス、ビルマの人、生活、そして音楽。 ひょうたん笛(葫芦絲)演奏者が綴る「おと」、「ことば」  
哭きうた その3 シャーマンの交感の技法

ここでよく紹介するシャーマン、タイ族語でザオモーやヤーモットとよばれる人びとも、さまざまな儀礼のなかで哭きうたを歌う。

ヤーモットが哭きうたを歌うのは、ある儀礼の機会において、精霊や特に死者をその身体に憑かせるときだ。「憑依」といえばわかりやすいかもしれない。

ヤーモットは守護霊の助力を仰いで儀礼を実施し、精霊や死者に呼びかける。呼びかけられた死者はヤーモットの口を借りて別れの悲しみや心残りを哭きうたで語りだす。そのとき、ヤーモットの身体はぶるぶると震え、苦しそうな表情で、感情が高まると涙を流す。哭きうたを聴く人びとは、はじめ遊技的に、ヤーモットを冗談でからかったりするが、死者の哭きが続くと冷やかしは「なさけない」「やめろ」といった叱責になり、やがて止めどなく吐露される死者の言葉につられて涙をながす。

笑いが怒りに、怒りが悲しみになる。

信仰のない者にはヤーモットの哭きは迫真の演技として受け取られるだろう。だが、ここでは人びとの信仰に根ざした世界観を前提として、死者がシャーマンに憑いて哭きうたを歌うという「憑依」の技法にふれたい。




僕らにはヤーモットの身体に本当に死者や精霊が「憑依」しているのか判断できない。そもそも「憑依」がなんであるのかが曖昧で、未知の領域だ。何度同じような場面に遭遇しても、僕はどう理解すればいいのかわからなかった。ヤーモットに心身状態はどういう具合なのかきいても、あまり具体的な応えは返ってこなかった。よくおぼえていない、とか、自分の意思に反して何かに動かされている状態だと説明した。

にぎやかな儀礼のなかに響くヤーモットの哭きうたは僕たちの心を揺さぶり、悲しみを感染させる。ふとして、ヤーモットの哭きうたが止まり、我に返ってハンカチで目を拭く。彼女は振り返って肩を叩きながらそばの女性と雑談を始める。
「本当に疲れる」「おつかれさま、それでもいい稼ぎでしょう」「そんなことはないよ。疲れるから本当は哭きたくないよ…。」
そしてまた、唐突に会話をさえぎってヤーモットは哭きうたを歌いだす。

僕は回を重ねて儀礼に参加するうちに、ヤーモットが精霊や死者と交感し、生きている人びとの交流を媒介するには、彼女たちなりの論理があることに気付いた。

ヤーモットの能力の源泉は守護霊なので、いかにして守護霊から助力を引き出せるかが重要だ。かといって、守護霊に頼りさえすれば万能の力を得たり、驚異的能力を発揮できるようになるわけでもない。守護霊の力を引き出すには、まず自分自身の心身と「歌う」技術の鍛錬が必要なのだという。

シャーマンの儀礼では、「うた」がすべてだ。
彼女たちの儀礼には、視覚を刺激するような煌びやかな装飾もなく、激しい踊りもなく、ただ椅子に座って長々とうたを歌い続ける。うたは儀礼を時間的におしすすめる主役を演じる。
だから、言葉を解さない人にとっては、儀礼はたいへん地味で、何が行われているかすらわからないだろう。

シャーマンは生まれたときからシャーマンなのではない。しかし、僕がシャーマンのことをいろいろ聞きまわっても「お前はシャーマンにはなれない」といわれるように、選ばれた者だけがシャーマンになれる。
残念ながら、僕はシャーマンが生まれるそのすべての過程をめにしたことはなかったが、いよいよシャーマンに成る直前からイニシエーションを行うまでを目撃したことがあった。

シャーマンとして生きるようになる前に、その人はある苦悩や苦痛を経験する。それは、ほとんどの場合、医学では治療できない(?)原因不明の病いだという。最終的に精霊に取り憑かれていることが明らかとなって、精霊を守護霊として受け入れることを決意すると、その人は四六時中場所もかまわず歌い狂うようになる。歌い狂うのは、精霊を統御する技法を学んでいるためだと説明される。これまでは不意に精霊に襲われることで体調や精神的な苦痛を味わってきた。そこで、精霊を意識的にコントロールできるようにし、社会に奉仕できるような能力を身に着けようとする。
意味不明の言葉をうなったり、しゃべったり、そして歌う状態が数日、数週間とつづく。はじめ、家族や周りの人びとはその人が何を言っているのか理解できない。やがて、錯乱状態のうたもその歌詞がはっきりと聞き取れるようになる。
歌い狂う錯乱状態のなかで、その人は歌う能力を鍛え上げ、次第に精霊と交感する技法を身につけていく。

精霊と交感する技法の基礎が、シャーマン自身の歌う能力だ。
だから、どんなに強力な守護霊がシャーマンに憑いていても、シャーマン自身の歌う能力が低ければ、正確に守護霊の助力を得たり、精霊や死者のメッセージを媒介することができない。
ベテランのシャーマンのうたは、僕たちを魅了し、僕たちの心を言葉の形象する世界のなかへと引き込んでいく。

それは、絵本やお話を読み聞かせてもらいながら、お話の世界を夢想し、ファンタジーの世界に生きているかの感覚を生み出すような、あの幸せなひとときに似ている。

僕たちはシャーマンの長々と続くうたを聴きながら、普段目にすることのない世界の裏側を、夢のような世界を、想像する。

つづく


コメント
コメントの投稿
 
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可
 
 
 
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://asianmusic.blog50.fc2.com/tb.php/179-46849cbe
この記事にトラックバックする
 
 
 
 
 
 
 
 

copyright © 2006 People, Life and MUSIC all rights reserved.