中国雲南、タイ、ラオス、ビルマの人、生活、そして音楽。 ひょうたん笛(葫芦絲)演奏者が綴る「おと」、「ことば」  
久々の帰郷

1年8ヶ月ぶりの雲南。今回は挨拶だけの2週間だった。そして毎日のように酒を飲む。


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徳宏州のある村にて。
ちょうどカオ・ワー(雨安居入り)だった。

儀礼では仏像の近くにホールーと呼ばれる知識人が座り、在家者を先導して誦経文を唱えたり、経典を読み聴かせる。
この村には1人の90歳になる老人を筆頭に、60~70代のホールが4人いた、はずだった。

一人みあたらない。ひとなつっこい笑顔のモーカムおじいさんがいない・・・。
儀礼の後、僕はいつも泊まっていた家と隣の親戚の家を尋ねた。
友人アイバオオアンのおじいさんが僕を見かけてびっくりして、声をあげた。
「会いたかったよ!」と。

「アイバオ(僕のこと)はどうしてるかな、どうしてずっと村にこないんだろう、そんなことをよく考えていた。人によっては中国と日本がケンカして来れなくなったって、言ってたよ。」

領土問題のことで、皆僕が里帰りできないことを心配していてくれたらしい。

「よく、モーカムじいさんが家に来たよ。アイバオはいつくるんだ、って。ずっと会いたがっていたよ。」
「急にね、病気になって、入院して検査しても何の病気かわからなかった。治らなかった。容態が悪くなるばかりで、みんなあきらめて家に連れ帰り、ここで亡くなった。ずっとお前に会いたがっていたよ。」

村人たちの言葉で言えば、モーカムおじいさんはあの世に帰っていった。


モーカムおじいさんは僕の質問にたくさん答えてくれた。そして物語をたくさん語ってくれた。
明るく、よく響く声で経典を読んでいた姿、そして家でこつこつと写経していた姿を思い出す。

街への帰り道、僕は電気バイクに乗って少し遠回りして村のはずれにある墓地を通った。

竹やぶの小道を走ってしばらくすると、ひんやりとした空気を肌で感じた。
墓地を横切りながら、ちょっと悲しくなった。
写真をとろうかと思った。胸が熱くなって、停まることができなかった。
ただこころのなかで「ただいま。いつか僕が帰ったとき、また会いましょう」と祈るようにつぶやくだけだった。



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