中国雲南、タイ、ラオス、ビルマの人、生活、そして音楽。 ひょうたん笛(葫芦絲)演奏者が綴る「おと」、「ことば」  
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久々の帰郷(2) 村に戻ったエン先生の甥

(前回からずいぶんあいだが開いてしまいましたが、夏に帰郷したときのお話)

いつも昆明に来ると、雲南芸術学院の先生に挨拶し、古い友人たちに一通り再会してからタイ族の村へ出発する。だが、今回は昆明で連絡がつかない友人がいた。エン先生に姿もしぐさもそっくりのタイ族の友人アイスー。エン先生の甥にあたる。彼のつくる楽器は人柄と同じ優しく柔らかい音を響かせる。

ほかのエン先生の弟子に連絡してみると、どうやら奥さんと幼い娘を連れて村に戻ってしまったという。これはどうしたものかと気がかりになった。教えてもらった新しい携帯番号にかけると、電話越しに彼の元気な声が聞こえた。
「村に帰って工房をひらいたんだ。」

彼は夢の実現に向け、都会生活にくぎりをつけて田舎にもどったのだった。


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昆明の友人宅にて
昆明から徳宏へ飛び、数日後、アイスーが住むムンヤーンへ向かった。
ある日の朝、友人からバイクを借りてアイスーの家に行った。村の田畑で農作業に汗を流すアイスーがいた。
陽気な笑顔で植えたひょうたんの世話をしている、と言った。
実ったひょうたんが虫にくわれないように、紙袋をひとつひとつかぶせていたのだった。

家には、彼の奥さんと来年から小学生になる娘、そして友人の弟アイピン、80歳をこえた祖母がいた。
彼が村にもどってすでに半年、伝統的な木造家屋を修理して工房をひらいた。敷地の一画に事務所と教室をつくり、裏庭には作業場をつくった。
家の外から小川の音がきこえる。川には昔からの水車が残っていて、コトン、コトンと臼をついていた。

僕とアイスーは久しぶりの再開を喜び、昼食から50度はある米酒を飲んだ。彼は普段はあまり酒は飲まないが、特別だからと秘蔵の酒を出してくれた。

前々からアイスーが村に工房をひらきたいと知っていたが、これほど早く戻るとは思っていなかった。
アイスーが村にもどった理由はいくつかあった。
ひとつは、来年から娘が小学校に通うようになるからだった。住民票が農村にあるため、娘を都会の小学校に行かせるには手続きがなにかとめんどうで、お金もかかる。
また、亡きエン先生のように演奏者として活躍するチャンスはそうそう来るものではなかった。今はひょうたん笛も普及して漢族の有名な演奏家が増えた。そのため、アイスーはしばらく制作に集中したいと考えた。

昔と違い、いまは交通も情報収集も便利になった。
アイスーが制作したひょうたん笛の販売網はすでに確立していて、これ以上都会に住む理由もそれほどない。
村にもインターネットが普及し、運送事情も格段によくなったので、村から発送しても問題ないそうだ。

彼はエン先生が亡くなってからずっと地元でひょうたん笛を地域おこしに活用したいと考えていた。
ここムンヤーンは「ひょうたん笛の里」として、いちおう政府公認の無形文化遺産継承地である。だが、名ばかりで実際の伝統技術の保存や継承はなにも手がつけられていない。
政府がなにもしないなら、自分たちでやるしかない。彼はひょうたんも村でつくり、竹も村で育てることにした。そして、数名の手伝いを雇って楽器の生産をみなで行なおうというのだった。


僕にとって嬉しかったのは、彼がますます情熱をもってひょうたん笛の制作と演奏の研鑽を続けていることだった。

彼は楽器をつくりながら、時間のあるときに老人の演奏や歌を録音する作業にもとりくんでいる。僕が10年以上昔に調査した作業をひきつぐかたちで、彼自身も記録をつづけたいというのだ。僕自身はタイ族ではないので歌詞を実践的な知識として継承することができなかったが、彼ならひょっとして可能性があるのかもしれない。

そして、彼は教室をひらいた。
受講料は無料で、ほぼ毎日、午後になると盆地中の子供たちが彼の家にきてひょうたん笛を習うのだ。
彼は、「子供たちが大きくなった時、もしかしたら昔笛を教えてくれた先生がいたことを思い出してくれるかもしれない。お金にならなくても、そうやって笛が受け継がれることはとても嬉しいことだよ」そんなふうに熱く語るのだった。

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10年以上前にエン先生が刀一本ではじめた楽器の制作と演奏は紆余曲折を経たが生前のうちに成功し、ひょうたん笛は中国全土で人気を博すようになった。

いま甥のアイスーたちがエン先生が成しえなかった伝統の継承という仕事を引き継いでいる。
きっと簡単なことではないだろう。けど、エン先生の弟子たちはそれぞれがんばってひょうたん笛とともに生きている。
この辺鄙な田舎で、アイスーは希望をもって一歩一歩未来にむかう。彼の情熱にふれて、僕は世の中すてたもんじゃないとおもった。


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