中国雲南、タイ、ラオス、ビルマの人、生活、そして音楽。 ひょうたん笛(葫芦絲)演奏者が綴る「おと」、「ことば」  
思い出の口琴

今年春前、僕が雲南を訪れた際、思いもよらぬ出会いがあった。
かつて若い男女が使ったというとても小さな銅製の口琴、「ベー」。

タイ族の人びとと付き合うようになってかれこれ15年以上、展示物として何度か見たことはあったけど、実物を手に取り、その音を聴いたのは初めてだった。

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80年代半ばぐらいまで、夜になると男性はひょうたん笛や胡弓を演奏して女性に想いを伝えていたという話は、このブログやライブで何度も紹介してきた。

男性の楽器の音を聴いた女性は、しばらくすると男性を家に招き入れて囲炉裏の側で話をしたり、外に出かけて行った。僕は老人から、女性は男性のそばで竹製や銅製の口琴を使って想いを伝え返したと聞いていた。
地域によっては口琴は男性しか使ってはいけない場所もあったようだけど、どこでも恋愛のツールであることは変わりないようだった。

銅製の口琴を作れる人がいないものかと、以前はあちこちで聞いて回ったのだけど、どうやらビルマの職人が作ったものがこの地域の少数民族に流通していたらしく、タイ族には職人がいないということだった。それでずっとあきらめていたけど、今年の春節過ぎ、僕のホストマザーのワン母がおもしろいお婆さんがいると噂を聞きつけ、別の用事のついでに訪問することになった。

そのお婆さんは70過ぎで、およそ50年以上昔に買った口琴をいくつか残していたというのだ。
タイ族の慣習では、春節前になると、老人は自分の葬儀の準備をしておく。お婆さんは身の回りの整理をしていた時に見つけたようだった。
その夜、僕たちが立ち寄った時にはお婆さんは不在だったが、その家の嫁がもう誰も演奏できないから、と、その口琴を2つ譲ってくれた。

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 * 銅製の口琴「べー」  
 ヨコ約3センチ、タテ1センチ未満と小さい。かなり錆がひどかったが、お酒やレモンにつけて錆を落とした。


夜遅く、家に戻ると、ワン母はさっそく口琴を取り出した。
どうやら昔を思い出して演奏したくてうずうずしていたようだ。
65歳になるワン母も小さい頃少し遊んだことがあったといって手に取り、弾いてみる。
びよーん、びよーん…
小さな口琴から小さな音が聴こえてくる。

うまく上下の歯で咬んで固定させ、舌を弾こうとするが、なかなかポジションを決めるのが難しいようだ。
ワン母はしばらく夢中になってびよんびよんと弾く。
僕は邪魔しないようにそっとしていたが、ワン母はかれこれ30分ぐらい格闘し、どうにか即興うたを弾き出すことができるようになった。

かつては地域や村によって口琴で弾く歌い出しの旋律と歌詞があり、そのあとに個人が思い思い即興のうたを弾いたという。
ワン母は不眠症なのだが、しばらく口琴を弾いていると気持ちが落ち着いたのか眠りについた。眠れない時は口琴を演奏すると瞑想をしているみたいで心が落ち着くと言っていた。

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後日、僕は機織りの撮影とその音の録音のため、70歳前半のワン母の姉ポンさんが住む村に行った。
気は優しく、普段は物静かな方なのだが、口琴を見せると、眼を輝かせてあっという間に口にくわえて弾き始めた。
手慣れた奏者が演奏すると小さな音でも離れたところにいてもよく聴こえた。

若い頃よくみんなで弾いて練習し、男の子にも聴かせていたという。もう一人機織りをお願いしていた60歳の女性が来ると、昔を懐かしんで試そうとした。だけど、このおばさんは歯が何本か抜けてて昔のように咬めないと笑いながら言った。
おばさんはポンお婆さんに、あれ歌ってみてよ、とリクエストして、自分でも口ずさむ。
昔はこうやって弾いたよ、と歌い出す。
「起きろ、起きて、口琴の音があなたを呼ぶ…」

さらには、漢語の革命歌をタイ語に訳した歌まで弾き始める。
ちょうどこの世代の人たちは大躍進や文化大革命に青春を過ごしているので、社会主義や共産党を称揚する歌を多く記憶していた。二人は10歳以上歳が離れているのに実に楽しそうに昔の歌を思い出しては口ずさむ。

おばさんに口琴の思い出をいろいろと語ってもらったので、ここで一つエピソードを紹介しよう。
なんでも、お母さんは幼い頃に亡くなり、厳格な父に育てられたといい、年頃になっても夜出歩かないように厳しく躾けられていたという。
だから、男の子が彼女の家の前で楽器を演奏しても、父親は外出することを許さなかったという。
ある晩も、すでに寝静まった頃に、男の子が家の前で口琴を弾いたが、父親は目をさまして隣の部屋から大声で「いるか?」と娘の所在を確かめるほど厳しかったようだ。

それでもおばさんも年頃の娘の時は、親に内緒で外出するテクニックを心得ていた。
タイ族の家は木造で、家の門や部屋の開き戸は丁番を使わない「枢戸」(くるるど)という種類のものだった。
(注:戸板の端の上下に回転軸となる突起を施し、その突起を上下の枠のくぼみに入れて戸が回転するようにしたもの)
そのまま開閉すると「ギギッ」と大きな木と木の摩擦音が響く。
そこで、おばさんは、夜寝る前には、自分の家の門と部屋の戸の軸材の根本のあたりに水を掛けておき、音が鳴らないように涙ぐましい方法で対処し、男の子から合図を受け取ると、夜中こっそり家を抜け出していたのだという。


また、二人は「昔は口琴を演奏する時、手も使わないで演奏する人がいたね」と言った。
「えっ?」と、僕は耳を疑い聞きかえす。
この手の口琴は非常に小さいので口のなかにすっぽり咥えると、なんと指で弾かず、口の舌を使って演奏することができたというのだ!
つい最近までこの村に、口琴がとても上手な70歳のおじいさんがいたが、すでに亡くなってしまっていた。
これは初耳で、思わず興奮してしまった。
身体が道具の可能性を引き出し、道具が身体の可能性を引き出すという良い例だ。

ひょうたん笛も、身体を楽器の一部にして循環呼吸をつかって音を途切れないように演奏するし、身体を左右に振って遠くに音を飛ばそうとする。
女性の織機も、ただ仕事をするための道具ではなく、音を奏でる工夫がされ、さらにその音を美しく響かせるために、足の踏み方を工夫したりする。

口琴もまた、口腔の大きさを巧みに変化させて音を増幅させるのだが、昔のタイ族の若者は、そんな一般的な技法に飽き足らず、指を使わず、舌だけを使って演奏した。
なんて粋な演奏方法だろう。

老人たちの記憶や昔話には、何年たっても具体的に明らかにされていない小さな、それでいてとても生き生きした物語がたくさん潜んでいる。
それを、何気ない会話を繰り返し、そして実際に一緒にやってみたり、ひとつひとつ身体をとおして、ふとしたときに発見する。
こうした気づきが起きるとき、こころの芯から喜びが溢れてくる。

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