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音がつむいだ「楽器」と「織機」と「コンピューター」の邂逅 その1

つい先日、京都西陣の天鵞絨美術館にて「伝統産業の日」にちなんで楽器演奏と民族誌映画織り音のアッサンブラージュ Sound Assemblage of Tai Weaving』の上映を行わせていただいた。長らくタイと中国での海外調査で腰を落ち着けて日本にいなかったため、今回は『織り音』プロジェクトを再始動させた日になった。

織り音』プロジェクトは、私が中国雲南省に暮らすタイ族の「音の織機」と出会った2006年以来10年以上をかけて「かたち」にしてきたものだ。
ここで何回かに分けて(気まぐれに)、少しこれまでの活動と、『織り音』プロジェクトを支える私のコンセプト、人類が発明した「楽器」と「織機」と「コンピューター」の対話の歴史について振り返ってみたい。

『寒川晶子ピアノコンサート~未知ににじむド音の色音(いろおと)』1
(2016年9月24日 ロームシアター京都『寒川晶子ピアノコンサート~未知ににじむド音の色音』の準備の様子)



2006年秋からタイ族の村で長期フィールドワークを始め、竹細工を習っていた老人が2007年夏ごろに病で倒れた。その入院費用などを援助したいと思い、かねてから興味があった織物を奥さんから習うことにした。タイ族の紋織物は後染めされた藍色がさめるにつれ織りこまれた紋様が徐々に際立つのが特徴だ。私は暮らしのなかで変わりゆくの風合いが好きだったが、そうしたはすでに家庭でも織られなくなって数十年がたっていた。

ただ、当時はまだ、雨安居の寺籠りや寺院の仏教儀礼で、中年の女性たちが昔織ったで仕立てた服を正装として着ていたり、田舎の老人が作業着として着たりしているのを見かけることができた。それ以外では、雑巾として使われていたり、古い木造の寺の梁には健康を祈って手織の古着がかけられていたり、生活のなかで目にすることもあった。

私はひょうたん笛タイ族語:ビーラムダオ、中国語:葫蘆絲フルス)を1998年の留学以来習い演奏してきていたので、老人との交流の話のネタにしていたが、たまに老女たちから「男は笛を吹いて、女は織りの音で掛け合った」という話を耳にしたが、そのときはまだ想像すらできなかった。
タイ族の織機に音を鳴らす様々な工夫があり、音の表現の技巧があり、そして織り音に美学があることを。

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そうして竹細工のおじいさんの奥さんから織りを学ぶことになると、「織機で音を鳴らせる」ことに衝撃を受けた。同時に、おばあさんの家で織りを始めると、周囲の家からぞくぞくと女性たちが見学にやってくるのだった。一日中、毎日、訪問客が絶えることなく、みな「少女」の仕事をなぜ男がやっているのか、と笑いに来るのだった。

タイ族の音の織機010 タイ族の音の織機011



(つづく)

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以前は定期市で手織を売りに来る女性もいた。なかでも毎回多くのを売っていた女性は、亡くなった老人のを譲り受け、それらを販売していた。タイ族は死後、使っていたベッドや布団も含め、もちものすべてを燃やしてしまう。手織り布も同様に燃やされた。ただ、貴金属や現金、身分証は家族で分けたり、行政に返還するため、火にかざして「死者に所属するモノの魂」を抜き出せば、所有者を変更できた。市場で販売されていた布は、いったん火にかざして所有者を無くして金銭で購入し、定期市で販売していた。ただ、こうした布を所有していた老人も少なくなり、現在では市場で古い手織りの布を見かけることはなくなった。

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