中国雲南、タイ、ラオス、ビルマの人、生活、そして音楽。 ひょうたん笛(葫芦絲)演奏者が綴る「おと」、「ことば」  
村の日常生活環境 その1

村の生活環境を紹介しよう。

ここで描かれる?お話の舞台についてである。(興味ない方は読まなくても全然関係ない)

僕がよく行くタイ族の村々はたいてい盆地にある。タイ族の人々は好んで平地に住む。たいてい、この地域は土地が肥沃ですごしやすい気候もあって何を植えてもよく育つ。
亜熱帯気候で、4月を過ぎると雨が降り始め、気温は高くなる。8月に入ると、雨も多いためか、朝晩は涼しくすごしやすい。日本に比べて湿気がない分、夏はすごしやすい、と感じる。もちろん、外に出ると太陽の日差しは日本の夏よりも強い。10月にはいれば冬の支度をしなければならない。11月から2月くらいまではかなり着込まないと寒い。雪こそ降らないが、午前中は霧が立ち込める。焚き火や家の囲炉裏に火は欠かせないくらい。

かつては東南アジアの各地と同様、高床式住居だったらしい。いつからか、漢族文化の影響を受けて四合院造りの家に変わってしまった。ビルマ国境近くのタイ族は漢族の影響をあまり受けていないこともあって家は基本的に高床式の面影を残した建物だ。

四合院つくりのタイ族の村でもかつて瓦屋根は少なく、藁葺き屋根が多かったようだ。壁は竹で編んだものに泥と藁を混ぜ合わせたものを貼り付けたり、同じ材質のものでレンガをつくって壁を立てる。

ビルマ近くの老人の昔話を聞いていると、かつて家の屋根は藁葺きで、家の柱以外はすべて竹でできていたという。高床の下には牛などの家畜を飼う。朝起きて一番の仕事は家畜を床下からどかせて掃除をすること。牛糞を片付け、囲炉裏の灰を地面にまぶしてさらにほうきで掃く。そして水を汲みに井戸や川に行く。以前は昼間に水汲みに行くことは恥ずかしいことだったという。子供は牛を放牧に山に行く。大人たちは畑や田んぼ仕事に精を出す。夜は囲炉裏のそばでお湯を沸かしてお茶を飲み、おしゃべりする。近所の友人や親戚が訪ねてきてはおしゃべりをしていく。そんなとき子供はお湯を沸かし、水が吹きこぼれないように見張りながら大人たちの話に耳を傾け、客人にお茶を入れ、塩と一緒に差し出す。
どれだけの時間がたってからか、いつの間にか、家畜は別の棟を立てて世話をするようになり、床下も人が生活に利用する居間となったという。

さて、台所事情だが、たいていどこの家も薪を使って火をおこし、調理をする。薪は自分でとってくることもあるが、最近では山に住む漢族や川辺で流木を集めて薪にしている人から買ったりする。冬場には炭もよく暖を取るために用いられる。国産の炭は煙が多いため、人は好んでビルマ産の炭を使いたがる。
燃料はこれ以外に牛の糞と草をこね混ぜて乾かしたものがある。最近ではだんだん牛の糞を乾かした燃料を使う家は少なくなった。以前はこの燃料で豚の餌を煮込んだりしたものだった。

そして、現在、政府の推奨もあってガスが用いられるようになってきている。といってもガスをどこから買ってくるというわけではない。ガスは家畜の糞尿や人の排泄物から生まれるメタンガスを利用するのである。いわゆる肥溜めを各家の庭に作り、家畜部屋から糞尿を肥溜めまで流せるように設計したり、各家庭でもトイレを作って排泄物をためるようになった。中国では環境保護意識が最近は高くなり、薪を使うことをあまり推奨しない。人々にとっても薪を集める手間が減るし、家畜の排泄物を処理する手間、そしてトイレが各家庭にできること、等、大変人々の生活にプラスになることが盛りだくさんなのである。理論上、ガスランプも使えるのだが、これはあまり使っているところを見たことがない。

とはいえ、トイレが各家庭にも設置されるようになってきたことは喜ぶべきことであろうか。以前は村の中にトイレはなく、たいてい村の外の小学校まで歩いていって用を足した。ところによってはトイレらしきものもあって、用を足すと灰を振りかけて埋めるのだ。農村の人は意外と紙を使わず、棒切れやら竹を薄く削ったぺらぺらの棒で後始末をすることも、多い。

どこの60戸くらいの村にも2箇所くらい井戸があったものだ。最近では井戸は使われなくなってきた。と言うのも、村は盆地をつくる山のふもと近くにあるため、山の湧き水を村のはずれに貯め、そこから各家庭に水道管を送る設備が進んでいるためだ。数年前には井戸端会議の光景が普通に目に付いたものだった。たけのこを朝早くに取ってきたおばさんたちが井戸の近くに集まり、洗いながらおしゃべりする姿、洗濯をしながらおしゃべりする姿、水汲みをしながらおしゃべりする姿、そんな労働の合間の人々がつどう光景が減ってしまったのは、なんだか寂しい気がする。

ここらへんの農民の家庭の年間純収入は日本円にして十万円程度。これだけあればいいほうだ。
稲作が主流で、家によっては二期作をおこなう。裏作ではサトウキビが主流だ。この地域には砂糖工場が多く、タイ族の人々はサトウキビを工場に売って現金収入を得る。他にはスイカを植える家もあるが、それほど儲からない。気温が高いビルマ側のほうがスイカを植えるのに適しているらしく、中国側の農民がビルマの農地を借り上げてスイカを植えている。野菜は各家庭で作っていて、それを朝方の小さな市で売ったり、自給自足にあてる。別の現金収入を得ようとキノコ栽培に手を出し始めた人もいるが、まだまだ技術的問題が残っているようだ。どうしても現金収入がほしい家は、農地を他人に貸し出し、夫婦そろって都市までアルバイトに出る。米は契約時に取り決めておけばもらえるし、何よりわざわざ汗水流して働いてわずかな金を稼ぐより、毎月決まった給料をもらえるほうがいいのだ。

雨が降ればぐちゃぐちゃになる村の小道も、すこしずつコンクリートの舗装路に変わってきている。ふと気づけば、田んぼのどまんなかに携帯電話会社のアンテナがそびえ立つ。最近は山に木を植えて将来に投資しようとする人々も増えてきた。何もなかった川辺に、いつのまにか誰のものとも知れない畑が出来上がる。みんな忙しく生計を立てることに必死だ。

学校や政府の建物は手作り感のあった土壁や木造のものから、セメントレンガの味気ない、そして趣味の悪いデザインの建物に建て替えられる。なぜ中国の建物はどこにいっても味のない建物しか出来上がらないのだろう。不思議でしょうがない。まったくもってセンスはゼロ。

中学校を卒業したての若者たちは、高校や専門学校に進学するために村を離れていく。大部分の子供たちは進学せずに、都市に出て、人によっては遠く離れた広東や広州にまで出て、アルバイトに精を出す。
そのため、村ではなかなか若い女の子がいない。夜になると、彼女を見つけられない男の子たちが盆地の中心街などでたむろしているが、結局女の子をナンパできずにバイクを猛スピードで走らせ、大声で叫びながら、帰途に着くのだった。

環境がどんなに変わっても、人と動物が生きていることには変化はない。

一人で散歩する犬、アヒルの群れがぐわぐわ、鶏とひよこたちがこっこっぴよぴよと村を自由に歩いている姿はかわらないのであった。

日々平穏、日常である。

コメント
元気ですか?
さとる!元気かい。小玉です。
日本にはいつ戻る?

っつうのも、私もようやく結婚することになりまして、ぜひとも悟に出席をしてもらいたいのさ。ひょうたん持ってきてね。日取りは11月23日。日本にいるようなら是非とも宜しく。
くれぐれも身体に気をつけてな。
ではでは。
 
 
2007/09/17(月) 20:50 | URL | こだま #-[ 編集]
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