中国雲南、タイ、ラオス、ビルマの人、生活、そして音楽。 ひょうたん笛(葫芦絲)演奏者が綴る「おと」、「ことば」  
人々の視線でものを見た、から人々の感覚で感じた、とき。

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10月26日より、僕の母が率いる芸術団とオックワー・ボイガンドー(雨安居明け)の演奏会のため、モンラー・ジェムー村にやってきた。
この村では二日目より一晩二日のボイバタンが行われた。新しく建設された寺の「ヤップ・ゾアン」(寺の厄払い)のためにビルマから10人以上の僧侶が呼ばれ、昼間から夜通しで二日目の昼間まで僧侶がかわるがわる分厚い仏教の本を読み続ける。昼間はわずかだが数人の老人が読経を聴きにきいていたが、ほとんど人々は寺の外でおしゃべりしているか、仏塔のそばで開かれている市(賭け事と食べ物ばかりの)に出かけていた。
僕らの演奏会が終わり、僕は一人で寺を覗いてみた。夜になると、老人たちはほとんど寺の周辺には居らず、もう家に帰ってしまったようだった。寺の中では僧侶たちが麻雀をして遊んでいた。老人たちの目は気にならないのだろうか。昔では考えられない光景だろう。麻雀が行われているすぐ横で、一人の僧侶が分厚い仏教の本をマイクに向かって読んでいる。経を読むその声は、夜通しスピーカーを通して音は小さいが村に響いていた。民家の屋根裏部屋で眠りについた僕らには子守唄のように聴こえていた。
二日目の昼間、ポイパタンが終わりを告げる頃、行列が寺から降りてくる。鐘を鳴らす老人を先頭に、仏塔をお盆に載せた二人の老人、その後ろについて僧侶と尼僧たちがビニール袋を持って歩く。老人たちが僧侶一人ずつに1角や5角の小銭を入れていく。寺の境内ではスピーカーを通じて芸術団の歌手と近隣村落のシャーマンが歌垣で対決していた。
やがて爆竹が鳴り響き、ボイバタンは終了した。しばらくして、騒がしい寺の入り口で老女4人が道の両脇に机を置いて小さな儀礼の準備をしていた。机には4つのお椀にご飯がもられ一本の箸が向こうに向かってそれぞれさされていた。また、キャベツと生牛肉が入ったお碗4つ、酒と水のお碗が2つずつおかれ、(老人から見て)右手にバナナ、左右端にりんごがおかれ、両脇には線香それぞれ4本とタバコ1本ずつが供えられていた。ある老女が脇で傍観していた僕にふと話しかけてくる。タバコに火をつけたいというのでライターを貸した。
老女が袋から取り出したりんごを机に置こうとした時、そのひとつを地面に落としてしまった。すると老人は拾ったりんごを頭より高く掲げて、懺悔のことばを口ずさんで机に置き直した。

老人は寺を背にして、左側に配置された机は天のピーを祭り、右手の机は村のピーを祭ると言う。そして老女二人が呪文を唱えるような簡単な抑揚のついたコトバを捧げ始める。

このとき、僕はコトバを口に唱える老女の口元をじっとみていた。ビンロウを噛んで黒ずんだ口元から、ふと老女の眼に注意がそれた。老女の瞳は宙を泳いでいる。
僕はふと老女の後ろに回りこんで彼女が眼にしている風景に眼を向けた。そこはただ広い青空と、竹や家が並ぶ景観でしかない。しかし、それが僕には突然別のものに見えた。
そのだだっ広い景観の中には、彼女たちが半信半疑で信仰しながらもけしておろそかにしないピー・ファーが、ピー・マンがあるのだ。その景観は彼女たちにとってさまざまな記憶としるし、そして僕らに跳ね返ってくる『チカラ』にあふれているのだ。
この経験は僕に以前失われていく音楽を探していたときの自分の心情と想像力を思いおこさせた。あのとき、村の景観の隅々には、「音楽の魂」が、消えてしまうその時を待つように横たわっていることを想像していた。それは文字をつかって自分の感覚を書き表した「詩的」であり、「アート」な表現であった。
 僕らのアートな想像力と人々のいわゆる野生の思考、もしくはその想像力は等しい構造をなしている。現代社会、おもに欧米文化とその芸術流通システムのしがらみに生きる我々のアートな想像力と表現形態はつきつめて生活手段のひとつの技術である。しかし、純粋にアートな思考と想像力は、ピーの存在を信じる人々がどこかにピーが潜むであろう景観を眺める思考と想像と似ている。
 かつて、人々は石や木や草、鳥や動物と話をすることができた。そして死者の霊と交信することができた。その思考と想像力は我々が芸術表現として利用するコンテクストと異なるコンテクストにあるけど、しくみは同じだ。
 
僕らは、もしもあるひとつの土地に根ざした生活を家族や隣人と経験しているのなら、気づくだろう。景色や景観を構成するさまざまなものに対して、僕らはときどき記憶を埋め込んでいる。そして個人的な集合的な記憶を何十年、何百年と継承することもある。
たとえば、あるナシ族の父親が息子に向かってつぶやいた言葉「いつかこの木をみたら私を思い出すだろう」、友人との思い出、家族との思い出、ただの石だが村にとっては意味ある記念碑、地蔵、…。
里帰りした時、どこかをとおりかかったとき、ふと、記憶が埋め込まれていた景観が僕らに語りかけてくるのだ。

シャーマンは死者の魂を探すためにさまざまな場所に精霊を遣う。シャーマンがうたの中でその過程を僕らに伝える。その土地の景観を記憶している村人ならば、うたわれた景観のさまざまな要素になにかしらの記憶や「ぼくらに語りかけてくる『チカラ』」が埋め込まれていることを知っている。

僕らはいつからか景観をただの視覚の世界、分裂した映像としてしか受け入れなくなったのだろうか。
僕らは今も石や木や草や土と対話する可能性を残していると思う。

もちろんそれはただのおしゃべりではなく、僕らの社会や生活を成り立たせるために必要な対話だ。

その感覚を共有すればさえ…。

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