中国雲南、タイ、ラオス、ビルマの人、生活、そして音楽。 ひょうたん笛(葫芦絲)演奏者が綴る「おと」、「ことば」  
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ある老人

先日、たまたまタイ族の母とある知り合いが開いているレストランに行ってきた。その帰り道、僕はふとひょうたん笛の音色を耳にした。それは「古い調べ」だった。
こんな都市(町)で「古い調べ」を吹く人がいるとは思えないので、母を呼びとめ、その笛のする方へいってみた。
すると、そこには僕の知り合いのおじいさんがいた。
そこはある工場の門で、そのおじいさんは警備会社に入ってこの工場の門番をしていた。
車や人通りから離れた所にあり、とくに人が来るわけでもない工場の門番はどこかさびしそうだった。

人も来ないのできっと暇つぶしにおじいさんはひょうたん笛で古い調べを吹いていたのだろう。

でも、僕はこのおじいさんのこの状況がとても悲しかった。

僕は2000年にこの老人に初めて会った。
古い調べを探して、M地域のはずれにある村にいった。老人は笛だけでなく、胡弓とうたにも長けている人だった。奥さんもうたが上手い人だった。家では恥ずかしいからというので、田んぼにある小屋にいって二人は古い調べを歌ってくれた。
そして、この老人の奏でる胡弓の音色は笛よりも美しく、まるで誰か女性がうたを歌っているかのような音色だった。
録音した音を僕は今もよく聴く。

僕はこの音色が忘れられず、年を越した数ヵ月後、再びこの老人を訪ねた…。

門は閉まっていた。
しっかりと鍵がかけられた家の門はどこか不気味だった。
近所の人に聞くと、この老人夫婦は二人で麻薬をたしなんでいたため、それが発覚し、「戒毒所」(監獄ではないが薬物中毒を断つために労働に従事させられる場所)に送られたという。

それから7年たった。
ついこないだの「中国・徳宏ひょうたん笛祭り」で僕は再びこの老人に出会う。この老人はコンテンストに参加していたのだった。
月日が過ぎるのは早いが、この老人の顔を忘れていなかった。

老人は今では工場の門番をしている。
奥さんも都市(町)に嫁いだ娘の家にすんでなにかの仕事をしているという。
二人ともおそらく薬物を断ったあと、村の人々に面子が立たず、こうして都市にやってきて生活しているのだろう。もう悠々自適の老後の生活を送ってもいい年なのに、都市に住むために安い給料で孤独に働いているのだ。

老人の笛の音色は、昔を懐かしむ美しい思い出を奏でるのではなく、孤独を紛らわせるための悲しい音色だった。

元気そうな姿は嬉しかった。今も笛を吹き続けていることも、嬉しい。でも心は何故か重くて仕方ない。

この地域でどれだけの人が薬物に侵され、悲惨な道をたどったのだろう。
確かに少数民族の老人が薬物をたしなむという習慣はかつてあった。しかし…。しかし…。
さまざまな知識と知恵をもつ、尊敬の対象である老人も、この誘惑には勝つことができなかった。
人は弱い。


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