中国雲南、タイ、ラオス、ビルマの人、生活、そして音楽。 ひょうたん笛(葫芦絲)演奏者が綴る「おと」、「ことば」  
新年とは?

またこの一年が過ぎて新しい一年が来ます。

どうも海外にいるといつが本当の新年なのか、新年とは何なのか、よくわからなくなります。

僕が雲南のタイ族の田舎にいるだけで、毎年「新年」が4度あります。かといってすべてが盛大ではなく、あ、新年だったんだね、過ぎちゃった。というノリの新年もある。

一大イベントは漢族の春節。それと漢族文化の影響を受けたタイ族の結構忘れられて過ぎる新年、まあまあ盛り上がるビルマ国境付近のタイ族新年、役人やメディアの勘違いで宣伝される水掛祭り的新年。

一体、新年とは何をするのか?

漢族の春節は爆竹やらテレビ局の番組やらで祭り騒ぎになる。
でも、タイ族の新年はなんでしょう。
田舎で細々と暮らすタイ族の人にとって、取り立ててタイ族の新年とは重要ではない。

一年というサイクル。

タイ族には「十二頭の馬」といううたがありました。一度まとめられタイ族語で出版もされました。
これは男女のうたの掛け合いの形式で、1年12ヶ月四季折々の特徴を織り交ぜた男女の感情を歌うものです。

僕の時間の経験は生まれた時から始まるけれど、1年と言うサイクルを意識し始めるのは学校が始まってからでしょうか。
タイ族の人々にとって、1年のサイクルを意識し始めるのは「労働」に関わることからでしょう。

食べるために、人は働かなければなりません。
種から実が育つ、その長い長いプロセス、その繰り返し、永遠に変わらない循環。
その循環の中で、男女は出会い、自然の移り変わりの風景を、その摂理を恋愛感情と混ぜ合わせて歌にします。
そして、太陽が沈むように、稲の緑色が黄金色に抜け変わるように、草木が枯れて土に返るように、枝から花が散るように、花からかぐわしい香りが空へ漂っていってしまうように、男女もお互いを愛おしみながら別れていく。

このうたは、一年とは人の出会いと別れ、人と自然の出会いと別れ、感情と自然の強い結びつきのあり方、それを教えてくれます。

だから新年とは、新しい一年の、人と自然とのこれからの出会いと別れを期待と切なさで迎えるための通過点のような気がします。

コメント
 はー・

 悟くんの文章は 
 いつも きれいだね。

 新年かーー!

 日本にも
 正月 小正月
 節分 立春 旧正月 紀元節
 もういくつも切り替えの
 スタートがあるのに
 
 なーんだか さっぱり
 きりかえがいかない

 新しい出会いと別れの切なさを
 恐れているからでしょうかねぇー。

 生きているっていうこの実感は
 人と関わっていくことによって
 生まれるものなんだなぁ
 と しみじみ思います。

 関わることを
 恐れずに
 そろそろ切り替えねば!!

 次の日記も楽しみにしてますよ~。

 

 

 
 
 
2008/02/13(水) 20:25 | URL | 享子。 #-[ 編集]
ずいぶん日記のアップがご無沙汰でした。
一年一年、一日一日を楽しもう!
 
 
2008/02/14(木) 15:02 | URL | サトル #-[ 編集]
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