中国雲南、タイ、ラオス、ビルマの人、生活、そして音楽。 ひょうたん笛(葫芦絲)演奏者が綴る「おと」、「ことば」  
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孔雀の舞

いよいよ日本での公演も間近に迫り、準備も大詰め。今回の目玉として特別に依頼したものが、孔雀舞の服である。

孔雀舞というと中国や世界各地で現在もブームが続く「雲南印象」で有名な楊麗泙の孔雀の舞を連想されるかと思う。楊さんの踊りは歌舞団などが舞台用に手を加えた、もしくは作られた踊りに、彼女が鋭い観察力と試行錯誤を加えた末の現代舞踊である。

しかし、農村の孔雀の舞はまったく異なる。

孔雀の舞は瑞麗地域のタイ族タイ・マオの人々の間で継承されてきた踊りの一つ。男性が踊る踊りだった。孔雀舞には2種類あって、一つは身体全体で舞うもの、もう一つは孔雀の衣装を着て踊るものだ。

中国では孔雀舞は無形文化財に指定されているが、実はその踊りの技術はすでに半分以上消失してしまっているのだ。最後の踊り手といわれるマオ・シャン氏は踊りのすべての技術を息子にも継承しないまま早くに亡くなってしまった。そのため、現在伝承されているものは舞台化したものを引き継いだもののようだ。

さて、孔雀の衣装を着て踊る孔雀舞は一人で踊るものではない。踊りの内容は、美しい孔雀を食べようとするピーパイ(鬼)を鹿や猿が守るというもの。お祭りでは二人一組で踊る鹿、それを操る猿、観客を脅す鬼、優雅に踊る孔雀がパフォーマンスを繰り広げる。

となりのビルマ側のタイ族には似たような踊りでガー・ノックギンガラー(ロックギンガラー)というものもある。これは男女がペアで踊る。中国側の孔雀の舞よりもその技術は確かに継承されていて、美しい。ビルマから逃げてタイに住む僕の友人(タイ・ヤイ)もこの踊り手で、タイ人の学生たちにタイ・ヤイの踊りを教えている。

さて、どの文化要素も消失の危機にある。
この孔雀の服もその制作者が少ない。瑞麗にはまだビルマから来たタイ族の人々が作ることもたびたびあるのだが、芒市ではある老人をのこして継承者がいない。今回、老人に制作を依頼した孔雀の服は見事なものだった。ここ数ヶ月病気がちで入退院を繰り返し、今回の仕事がおそらく最後になるというのだ。身体がいうことを聞かなくても必ずこの服は作り終えるというのだ。

しわしわの手、よろよろの身体でも、意思は固い。

R0015258.jpg

銀職人でもあり孔雀舞の衣装職人でもある老人。工房には寺院に施す細工を作る職人が多いが、孔雀の衣装を作る人はいない。

nok.jpg

マオ・シャン氏の息子イ・トアン氏。今回の日本公演のメンバーにレッスンをしていただいた。この方は今年で徳宏州歌舞団を退職し、民間で孔雀舞のクラスを開くつもりだ。若かりし頃、日本に2度ほど公演できたことがある。

コメント
 はーー。。。

  大切な物が
  どんどん
  なくなっていくんだねー。

  もったいないねー。

  新し時代に
  姿、形は変えながらも
  そのスピリットは
  変わらずありつづけたい

  と、自分も含めて
  思います。

  
  
  

  
 
 
2008/04/24(木) 17:03 | URL | 享子。 #-[ 編集]
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