中国雲南、タイ、ラオス、ビルマの人、生活、そして音楽。 ひょうたん笛(葫芦絲)演奏者が綴る「おと」、「ことば」  
竹と共に生きる 

日本から戻り、落ち着くまもなく忙しく日々が過ぎていった気がする。
こちらも夏。雨季に入っている。山が近くに、はっきり見えるような日々が続く。たまに夕焼けが空に広がって雲の陰と太陽の紅の陽射しがうっとりするような景観を創ってくれる。

なんだかんだずっとタイミングが悪くて買っていなかったバイクも手に入れた。
風を切って走る!でもあちこち開発で砂を積んだトラックが猛スピードで走っていて、砂埃がすごい。

最近、タイ族の母の生まれ故郷の親戚の家に厄介になっている。村のあるおじいさんから竹細工を習うために。

「私の息子をよろしく。」それだけ言い残してタイ族の母は忙しく頼まれた「功徳書(お経)」を書くために毎日あちこち飛び回っている。

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これまではずいぶん田舎の「ひょうたん笛」の故郷に通っていた。山が近く、自然がいっぱいで酒が上手かったところ。田舎くさく、陽気なおばさんやシャーマンがいるところ。
でも、文化は日に日になくなっていく・・・。

これからしばらくはタイ族の母の故郷にお世話になる。
ここはタイ族の、タイ族らしい、そんな文化が残っている。おばさんたちも明るいのだけど、少々洗練されている感じ。だから、いろんなタイ族の伝統的な手仕事も社会のなかで必要とされていて残っている。ここの人たちは自律的に「タイ族の社会」を生きている。
ひょうたん笛の故郷は、逆で、役人の指示を待つだけ。自律的に社会を成り立たせる意識がどんどんなくなっていく。いわゆる「漢化」がものすごく激しい。
この村ではいろんな古い文化を見ることができる。まだ残っている。
それでもちょっと、田舎くさいズーズー弁が懐かしくなってしまうのであった。

しかし、タイ族の母の故郷、この地域は自然がなくなっていく…。


さてさて、竹細工を習い始めたのだ。
毎日朝8時くらいから夜まで竹を割いては竹ひごをつくる練習をしている。午後は先生がちょっと竹細工を編む練習をさせてくれる。
僕の先生、といっても僕らは先生とは呼ばず、おじさん、と呼ぶ。もう63歳なのでおじいさんか。
とても真面目なおじさん。落ち着いた陽気さがある。そんな雰囲気も顔を見るとわかる。
あさから一杯の酒をのみ、昼には2杯飲み、休むまもなく昼寝もせずに働き続ける。タバコは一切吹かない。夜は8時くらいに食事を取って2杯の酒を飲み、9時、10時には眠る。あさは6時くらいにおきて竹細工をつくる。
天然パーマのタレ目のおじさん。ぼろぼろの服を着ているが、落ち着いた陽気さがかわいらしい。

僕は自分であの「よみがえらせた竹細工」の籠をつくりたい。
そして、まだまだ埋もれている、無くなりそうな竹細工の技を身に着けたい。
刀の使い方もろくにできなかったが、ここ数日になって少しずつコツをつかむ。まだまだ指は傷だらけ。竹ひごを均一に割くことはとても難しい。これは今後数年の修練が必要と思った。実際、細工を編む技を覚えるのは竹ひごを作るのより楽だ。
僕はおじさんと一緒に黙々と働く。

タイ族の人々の生活には竹は欠かせない。どんな生活のなかの道具も用品も竹が使われている。家も竹が使われる。村はうっそうとした竹やぶに囲まれている。雨季に入り、田植えも済み、まもなくすればおよそ3ヶ月間の仏教の雨安居入りが始まる。老人や女性は寺に通ってお経をあげる生活を送るようになる。その雨安居入りの期間、「お供え物」をお寺に持っていくために必要なのが竹細工のバスケット。

1つ30元。おじさんは一日1つのペースで作る。これが精一杯だ。普通の職人なら2日はかかる。遅ければ3日だ。真面目で仕事も美しいことで評判なので、この時期は毎日のように人が注文に来る。30個近く作った。まだ7つ作らなければならない。たぶんこれからももっと増える。

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かつて――、文革以前のタイ族の地域では、すべての男の若者たちは竹を用いた生活用品を作る技術がなくてはならないものだった。特に、若い女の子とであったときになくてはならないものが腰に下げる竹かごだった。

女の子はまず男の子の竹腰かごが精緻に美しくできているかどうか、そこから人となりを評価する。

男の子は女性の身なり、手織り布のパターンの美しさと、ボタンのつくり具合を見て、評価する。

だから昔の少年たちは、まずこの竹腰かごを作ることから覚えたという。
お祭りの時には、真新しく、緑色が鮮やかに残っている竹で編んだ腰かごを身につけて出かけていったという。

男は夜になると笛の音色を女に届ける。
女は優しい笑顔を男に送る。男はその笑顔を見たくて朝から一生懸命働く!

そして、男から女へのプレゼントも自分で編んだ竹細工。
女から男へのプレゼントは自分で織った布。

竹細工でも竹で織るいろんな模様がある。布もまたしかり。竹を編んでいてわかった…、

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すべてのものに必要な知恵は一つにつながっているということ。

竹を編む「知恵」と布を織る「知恵」は一緒だったのだ。

奥深くに一つの知恵のプロトタイプが光っている。
そのプロトタイプがいろんな形に変態している。

そして心も一つ。
コメント
 ほんとに
 竹細工ならってるんだっ!
 すごいなぁ。

 編む、と織る
 ほんとに世界共通の
 人間の「祈り」の形
 のようなの感じます。
 
 いいなぁ タイ族の男は
 器用で!
 
 でも女も、器用でなければ
 いかんのね。

 合理的かつ詩的だねー!



 

 
 
 
2008/06/25(水) 10:06 | URL | 享子。 #-[ 編集]
 ものを作る日常って、いいな。
人の手仕事って、本当に美しい。

 自分の使うもの、身につけるものを、自分で作る、自分で作れなくても、作った人がわかり、見える、ちょっと前まであたりまえだったのに…。
 
 さとるさんの竹かごができるのは、いつごろでしょうか。長い気持で、楽しみにしています。 
 
 
2008/06/30(月) 22:24 | URL | manami #-[ 編集]
模様の基本の基本、骨組みの「たて」と「よこ」。

人の知恵はすばらしいなと感動しています。

毎日手を切って血を流して編んでいます。
 
 
2008/07/01(火) 23:22 | URL | サトル #-[ 編集]
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