中国雲南、タイ、ラオス、ビルマの人、生活、そして音楽。 ひょうたん笛(葫芦絲)演奏者が綴る「おと」、「ことば」  
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「ピー」(霊) その1 

僕が日本に一時帰国するために昆明に向けて出発しようとした前日、事件は起きた。

僕は今村で竹細工を習っている。
笑顔がかわいらしく、人のいいおじいさんに習っている。女性天下で奥さんと娘二人の言うことにはとても弱い。以前、息子がいたが、まだ20歳にもなる前に雷にうたれ、なくなってしまった。なので孫にはとてもやさしいし、村の子供たちともなかがいい。

そんなおじいさんもお酒は大好きである。
僕が竹細工を習う前くらいから一度禁酒した酒を飲むようになった。おばあさんは「飲むな」というのだが、こればかりはやめられない楽しみの一つなのであった。

おじいさんは村のお寺で寝泊りする4人の老人のうちの一人。5日交代で2人で寺に寝泊りする。だから竹細工を作るのも寺だったり家だったり。僕にとっては多くの人の目に付いて世間話ができるので都合がいい。

最近、すこしおじいさんの様子が変だった。お酒を少し口にすると眠くなって寝てしまうのだ。
そして、事件は起きた。

ある日、村の会議が寺で開かれた。もちろん、男たちはそのまま寺で料理をして宴会を開く。
おじいさんは人がよいので料理のしたくをする。
その日、僕は翌日に昆明に行くので、宴会から逃げ出して家で食事を取った。

そろそろみなが昼寝からおきる3時くらいにおじいさんの家に歩いていく。
すると、途中で一人の男性が僕に「お前のおじいさん、起きないぞ」と言う。言っている意味が理解できず何度かたずねるが同じような答えしか返ってこないので挨拶を交わして再び歩き出した。
家の手前まで来ると、ちょうど男がトラクターを運転して出てきた。
「今、ちょうどおじいさんを家に連れてきたところだ。話しかけても目が覚めないんだ。」

家に入ると、近所の女性や寺なじみのおじいさんたちが来ていた。
なんでも、酒を1杯も飲みおわらずに眠ってしまい、そのまま話しかけてもたたいても起き上がらないのだと言う。

みなこれは大変だということになり、人々が集まってきたのだ。死に目にあうことは大切なことである。
民間療法で、牛の角や空き缶などで体を強くこする治療を施すが効き目はない。

そして、事態を重く見た家族はおじいさんの「出生証明書」を取り出す。

出生証明書はタイ族文字で書かれたもので、一枚の和紙にその人の出生の日付と時刻などが書かれている。生後初めての旧暦の春節(漢族の)4日後くらいに老人に書いてもらい、タイ族の人々は一生この証明書を大切に保管しておく。(地域によって差がある。これはまた別のお話)

これは占いに使う。
何か大きな出来事を決めることから、探し物、結婚相手、はては病気などまでこの証明書を占い師のところに持っていって占ってもらうのだ。そして、病気にある人が死ぬか生きるかどうか、それも占えるのだ。

人は生まれながらに宿命を背負っている。前世もある。占いの書には人間の生がいくつかに分けられていて、性別や名前、出生などを掛け合わせてでた結果を番号にして、その番号にあたる宿命を見る。
赤ちゃんなら、そのこが将来どのような人生を歩むか、何歳まで生きて、厄年はいつか、といったことをみる。

おじいさんについていえば、家族はなぜこのような危篤に陥ったのか、死んでしまうのかどうかを占ってもらう必要があった。
おじいさんの娘がいそいで占い師のところに行く。僕もその後を追いかけた。

娘さんは急いでいたので占い師にもっていく米を忘れていた。近所でお米を分けてもらい、占い師の家に行く。村の占い師はまだ30前後と若いのだが、ビルマで出家した経験があり、占いの知識と薬草の知識をビルマの有名な僧侶から学んで村に戻ってきた。(じつは戒律に反して還俗させられたのだが・・・)この占い師はこの地域一帯では非常に有名で、虎の日には朝から晩まで人がならび、政府の役人も多くやってくる。重い病気にかかった人々は悪い「ピー」(霊)の影響を受けているとされ、ここに「入院」することもある。

その日は、運よく占い師のところには若い女性が恋愛相談にきているだけだった。占い師は僕と冗談をしゃべりながら、おじいさんの娘さんがもってきた出生証明書を見て、占いの書を調べ、紙に何かを書く。そしてお米を数粒取り出してそこに振り掛ける。

占いの結果は、
「安心しなさい。死ぬことはないでしょう。誰かが悪いピーを放って「かまれた」のだ。私が(仏の力を水に息を吹きかけた)聖水を作ってあげよう。それと、薬を処方する。しばらくは魂が弱いのでピーからまもるためにお守りのヒモをあげよう。」

娘さんもほっとして、聖水と薬、魔よけのヒモを持って家に戻る。

家に着くとおじいさんが目を覚ましていた。ろれつがまわらない。
聖水をのませ、薬を飲ませ、おじいさんを休ませる。

娘さんは家に来ていた人たちに占いの結果を知らせた。人々は安心してそれぞれの家に戻っていった。

おばあさんは近所の人と話をしながら「人がよすぎるから、いろいろ人の家に出入りするなとあれほどいいたのに、きっと誰かの家に入ったとき、悪いピーを仕込まれたのだ」という。

――肩掛けかばんやポケットに悪霊が入り込む?ようなイメージ。こそこそ。しゅとっ。そしてすきをみて、かぶり。

きっと誰かが妬んだのだ。
これは言い方を変えれば、僕にも責任がある。おじいさんが日本人から(わずかばかりの)お金をもらって竹細工を教えているから、他人がそれに妬んだ、のかもしれない。

悪い「ピー」、鬼や悪霊は果たしているのだろうか?
いる、いない、は人によって言い分がある。

しかし、人々の言う事をよく考えると、村で恐ろしいのは「妬み」「嫉妬」なのだ…。

つづく!


ちなみに、1ヶ月たった今、おじいさんは順調に回復している。今も左手に力が入らない。脳卒中のようなものにかかったと思う。もしかしたら脳にダメージが残っているのか。しかし、病院にいくお金がもったいないのか、いいかげんなのか、医者にはかかりに行かない。

そして、僕はしばらく機織に専念することになった・・・。


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