中国雲南、タイ、ラオス、ビルマの人、生活、そして音楽。 ひょうたん笛(葫芦絲)演奏者が綴る「おと」、「ことば」  
「ピー」(霊) その3  ―――秩序を保つための存在

村の日常生活ではピーという観念を迷信として一蹴する態度も一般的になっている。人々の生活が「お金」探しを中心に苦労を強いられていくが、さらに村人たちの道徳の問題も浮上してきた。

村には共有地がある。大抵はお寺や、未開拓の雑木林だったり、共同墓地だったりする。近くに山があると山の一部も村の共有地がある。竹細工なんかは共有地の竹やぶから切り取られてきたものを使う。最近の政策でそういった共有地が買収され、山に住む民を移住させることもしばしば増えている。移住がなされ、移民たちのコンクリートとレンガの新居を見て、一部の村人は少々嫉妬を感じることもあるようだ。
さて、共有地だが、最近は行政村長を中心とする一部の村人たちが村の利益のためにという名目で外の人間に長期の期限付きで土地を貸すことが増えてきた。土地を貸すこと、業者がそこに魚の養殖所や工場をたてる。すなわち森を切り開くこと。それに、何百年という大木を業者に売ってしまうこともある。老人たちの話では僕がお世話になっている村はかつて大木と広い森に囲まれていたという。

村の環境整備についても、昔を回顧する老人はこういう。かつては毎年村の水路や溝を掃除するのが恒例で、若者たちが汗水流してきれいにしてくれたという。また、でこぼこになった道を直す作業もよく行われたという。それにたいして老人たちはお返しに若者に食事を振舞ったとか。また、お祭りや儀礼など、ことあるごとに樹木を植える習慣もあった。

こうした自然とのつながりは、現在迷信とされているピーに対する恐れと尊敬から大切にされてきた面がある。森はピーが住むところで、一般の人間が一人で入り込むことを恐れたし、大木を切り倒すとたたりがあると恐れられることもあった。かつてはことあるごとにピーという精霊がおこすたたりをおそれたものだという。村を整備することもまた村の守護霊の怒りをかわないためだったり、その行為自体が功徳として仏教信仰に支えられた行いでもあった。

道端に誰かの落し物があればそれを棒で拾って道脇に掲げておく。落し物にはピーがくっついているかもしれないから、以前は誰も盗む人はいなかった、そう老人はいう。

それ以外にも、ピーを持ち出して子供を教育する言説はいっぱいある。昔の日本と同じじゃないかなと思う。
だからある意味、ピーという存在は共有の自然や村の治安を守るため、子供の教育のため、人々の知恵でもあったといえる。

もちろん、今も道路整備や環境整備を行う習慣も残されている。それは多くは老人たちが自分の健康に不安を感じて星占師に運勢を占ってもらった際、運気を直す為に仏に供物をささげる。それ以外に仏に仕える信仰心を示す一方で、魚や鳥などの動物を自然に帰すこと、橋や道路を修理すること、井戸を掘ることなどを条件として星占師から告られるのだ。

また、災害や原因不明の病気はピーのせいとされ、そのピーがなぜたたったのか、その原因を自然や祖霊などとのつながりの中で説明される。その場合も、仏に仕えることを解決の手段として告げられ、同様に動物を放したり、環境整備をして功徳を積むように諭される。

この地域の星占は人々から根強く信頼されている。よく説明を受けるのが、何百年も何千年も前から人の一生をその人の生まれた時間で分類してつくられたものだ、いうこと。本当かどうかは別として、現地には人を「分類」する民間の知識がある。

お寺の僧侶と話していたとき、今では星占がお金儲けになるから、寺で星占いを勉強して還俗し、それで生計を立てる人も多いという。ピーを追い払う知識もそうだ。
でも、仏の教えは表面的なことじゃない、ピーは本来存在を否定されるし、壁に寄りかかっているようでは(ただ言葉や経を朗誦するだけ)では何もおこらない。仏の教えはすがるものではなく、自分の心のなかにみつけるのだ、と。仏の教えは、人としてあるための道しるべであって、俗人はそれを心で理解して実践しなければいけない。


* * *

さて、迷信として一蹴されるピー観念だけれども、村では必ずしもその存在が否定されるわけではない。
それはシャーマンの存在だ。

ダイ・ルーのシャーマンは大抵女性である。まれに男性がいるが、今のところ僕の知っている限りではムン・マオ地域の僕の若い友人やムン・ディー地域に男性のシャーマンがいる。シャーマンといっても地域によって形態が違う。ルイリー地域からビルマにかけたムン・ダウ(南方地域)と徳宏の中心地であるムン・コアン一体の中央地域、そしてムン・ディーやムン・ラー、保山地区など北方地域の3地域ではシャーマンの実践が異なる。
ムン・マオ地域については僕はあまり見聞がないのではっきりといえない。中央地域と北方地域ではある程度の見聞があるので紹介しよう。
中央地域には2種類シャーマンがいて、ピーを見ることができる人とさらにレベルが上とされるピーや祖霊を憑依することができる人だ。北方地域では区別なく、憑依するシャーマンがほとんど。中央地域のシャーマンは自宅の一角に仏像や仏画を設けた祭壇を置いてそこでピーを見たり、ピーを憑依させる。北方側では、シャーマンは家にも祭壇をつくるが、基本的に他者に呼ばれて出かけていき、そこでピーを見て、シャーマンの手でピーを追い払うし、また祖霊を憑依させて魂を送る儀礼を行う。どちらに共通して見られるのはシャーマンの師にうたで歌いかけていくこと。中央地域では原因を探ったあとや憑依したあとにかならずしもうたでお告げをしないし、ピーを追い払う実践はシャーマンが行うよりも本人の仏教実践によって。それとは逆に北方のシャーマンはすべての実践をうたで執り行う。

仏教の教義ではピーの存在は否定される。それでも、人々にとって原因不明(とおもわれる)の災禍を扱うには仏教信仰だけでは説明がつかない。そこに解釈を与えてくれるのがあらゆるものの因果をピーの原因論とするシャーマンだ。シャーマンは悩める人々に安らぎを与えてくれる。もちろん、ピーのたたりをほのめかして恐怖を植えつけることもある。

去年、村では多くの人が亡くなった。それを不吉におもったある人がシャーマンに原因を聞きにいった。すると、文革に破壊された村の中心にある「村の心の廟」がないために、外から村を守る力が弱くなっているという。またそのために、村と外の大地が切れてしまったのだという。そこで今年の5月に村の中心をもとあった場所から少しずらしたところに新しく廟を作った。移動させたのは村が昔の80戸とは違って200戸と大きくなり、村の中心がずれたからだ。廟は簡単なもので一本の柱を垂直に立てただけのものだ。その地面の下には銀や貨幣などが埋められている。そしてある日に僧侶を呼び、村の入り口をふさいで村人たちが新しい村の心の廟にあつまり経典を唱えてもらい、村にあるピーを「沈め」、中心にふたたび力を吹き込んだ。さらに、一部の長老と僧侶が集まり、そとからピーが入り込まないようにと北側の村の入り口に目隠し用の塀「照壁」(漢文化からきた)をつくり、同時に、外の世界と切れてしまった村の土地と外の「大地をつなげる」儀礼を行った。

原因不明の災禍は、また村の守護霊「ピーホーマン」の怒りをかった場合にも降りかかるとされる。村の守護霊はこの村がつくられて初めに亡くなった者の霊がなったものとされている。この村ではある家の兄と妹が守護霊となり、かつては村には二つの守護霊の司があった。いまは男性の守護霊しかあがめられていない。村人たちが結婚式や功徳儀礼、葬儀はては事業を行う場合など、なにかとまず守護例に報告して、のちのち怒りをかわないようにする。
こうした守護霊の怒りをかったかどうかの判断は、何かの折にシャーマンの口から告げられる。

異なる村ごとに守護霊の力は違う。怒りやすい守護霊もいれば、温和な守護霊もいる。
ある村で、最近一人の女性がシャーマンになりかけた。しかし、村の守護霊は村にシャーマンが「出る」ことを禁止してしまったということもある。

徳宏の仏教には4つの宗派があり、そのうちの二つの宗派はピーの存在を否定する。
ある村の言い伝えでは、かつて高僧がありがたい経典を書き、それを寺の地盤に埋めたのでシャーマンが「出てくる」ことはなくなったという。
もっとも戒律の厳しい宗派では祖先の霊も村の守護霊も、星占いもまったく信用しない。病気になったらどうするのですか、と僕がある老人に尋ねたら、間髪いれず「病院に行く!」といわれた。ここでは災禍の原因論は仏教信仰と前世と来世の因果で説明される。

ピーの災いを解くには、中央地域では仏教信仰に帰結する。もちろん、経のありがたい聖句を吹き込んだ水や護符がつくられて、それによってピーを身体から追い払ったり、外から入り込まないようにしたりする。一方で北方地域ではピーが根強く災禍の原因とされるのだが、北方地域のシャーマンがどうやってピーの災いを解くのか、それは別の機会にしよう。

こうしたシャーマンは、恐怖を生む、金銭を巻き上げる、社会秩序に混乱をもたらす迷信として一蹴されてしまうのだけど、反面社会の秩序を保つために活躍している部分もあると思う。
万物に宿るピーや外の鬼を恐れること、それは自然を守るすべにもなる。驕り高ぶった人間に警鐘を鳴らすことのできる日常生活に密着した存在だ。

もちろん、恐れられているとは限らず、シャーマンは普通かなりのレベルに達した歌手でもあり、人々はときどきシャーマンと歌垣をして楽しむこともある。シャーマンがうたううたは一種の娯楽として捉えられることもある。

さてさて、僕のいる村ではあるシャーマンが聴いたお告げで、村の守護霊がこの村に8人のシャーマンを遣わせるといったという。そしてつい先日、新たなシャーマンが出てきたのだった…。

つづく。
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