中国雲南、タイ、ラオス、ビルマの人、生活、そして音楽。 ひょうたん笛(葫芦絲)演奏者が綴る「おと」、「ことば」  
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友人の。以前はこのあたりのタイ族のは2階建てはなかった。
友人たちの話によれば、嵐がきたとき、2階建てだと屋根の瓦や藁葺きが吹き飛ばされるから。そして「土司」(お代官様みたいな人のこと)よりも高いを建てることはタブーだったという。

こうした2階建てのを建てるようになったのは、最近では経済的に豊かになったこと。また、昔は人が少なかったからを建てる土地は多かったけど、今では漢族の移民が増えているため、かつてのように新しい土地に家を建てることが困難になった。
今年の2月、末っ子の友人が結婚するまでは、2階の正堂には昆明からもってきた観音様が祭られていた。結婚式以後、観音様はお寺に寄贈され、正堂では先祖を祭る用になった。
この辺りの人たちの「空間感覚」も変化している。

ちょっと前までは村の井戸を利用して、水汲みに来ていたり、たけのこを洗いにくる女性たちの「にぎやかな声」が聞こえてきたものだった。

しかし、いまでは山から各に水道管を引くようになった。井戸は今ではめっきり使われなくなった。子供たちがごみを捨てたりするのできたない。

でも、次の日、井戸をのぞくと近所の誰かが井戸に捨てられたごみを拾ってきれいにしていた。

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雨安居明けの日、ちょうど友人のお父さんの弟の誕生日だった。もちろん長老である。

友人のお父さんは出したことはないが、タイ族文化や仏教の知識が豊富で、雨安居の期間は寺でほかの老人たちとかわるがわるお経を読んでいた。
そんなわけで、別の友人が鶏を絞め、ご馳走の準備。いちおうケーキなんかが用意されている。

夕食は雨安居明けの儀礼がひと段落したころ。
僕は長老たちと座る。
長老たちがかわるがわる祝福の言葉を念じる。中には一人漢族の老人も混じっていた。漢族の老人も漢語で祝福の言葉を念じる。
食事の後は孫たちが誕生日を迎えるおじいさんに対してお祝いの言葉を簡単にささげる。おじいさんも満足そうで、勉学や健康のための言葉を念じる。

最後はみんなでそろってハッピバースデーと歌を歌った。


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