中国雲南、タイ、ラオス、ビルマの人、生活、そして音楽。 ひょうたん笛(葫芦絲)演奏者が綴る「おと」、「ことば」  
畑で死んだ老人

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ムンヤンの霧は昼にならないと晴れない。冬の寒い朝、ある老人が亡くなった。
その前日は親戚の家の結婚儀礼にも来ていて元気だった。

僕にはこの老人がどんな顔をしていたのか、はっきり思い出せない。
毎朝、僕が朝食のカオソイを食べに行くころ、老人は水牛の親子を連れて田畑に草を食べさせに行くのが日課だった。手には弓を持ち、石の粒で鳥や野猫などを撃っていたのだろう。
あまり話をした覚えはない。
僕が後ろからのしのしと歩いていくと、老人は振り返る。
黒く黒く焼けた肌。老いて痩せていはいるが筋肉がひきしまっていて血管が浮かび上がっている。真っ黒な顔は皺が多く、頬肉も垂れていが、眉毛の端はきっと上がっていて厳しそうな眼をしたおじいさん。丸刈りの頭と無精ひげはもう若々しい黒い色はなく、まばらな雲のような白い髪やひげが見える。
あのこちらを振り返るといかつい顔の雰囲気だけは覚えている。
波乱な歴史を、その生涯を田畑にささげてきた農民たちの姿だ。厳しい顔は孫たちと接するとふにゅふにゃの笑顔にかわるのだった。

家の人の話では、いつものように朝食のめんを食べて、田畑に出かけ、サトウキビの切り落としの葉っぱを牛に食べさせていた。そして、そのまま老人は意識を失い、一人霧の立ち込める畑で死んだ。

僕のカチンの父は水牛が大好きだ。夜一人で山道を歩くとき寝るとき、水牛と一緒だと虎に襲われないからといつも言う。
機械化が進み、田畑を耕す仕事から水牛の姿が見えなくなってきたこの頃。水牛の恩恵にあって米は作られてきた。その水牛は何も語らない。のしのしと歩き、道端に糞を落としながら歩く。そして首にぶら下がった鈴の音色がカランコロンと朝の澄んだ空気に響きわたる。

家で子供や孫に見守られながらなくなることが一番よい死に方だと人は言う。
老人は畑で水牛のそばで息を引き取った。

僕はその情景を思い浮かべると、この死に方はあまりにも美しすぎると、感じずにいられない。

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