中国雲南、タイ、ラオス、ビルマの人、生活、そして音楽。 ひょうたん笛(葫芦絲)演奏者が綴る「おと」、「ことば」  
こころのしらべ 旅の記録その4 『記念DVD』 2008年5月徳宏タイ族日本公演

去年の5月、国立民族学博物館の特別展「深奥的中国」の関連イベントとして僕の母たち象牙芸術団を日本に招き、コンサートを行った。その旅程12日間、僕は世話役、通訳、ガイド、カメラマン、ビデオカメラマン、そしてフルスの演奏者として同行した。

この期間、僕の母と団員のフーカムおじさんさんは行くところで、見たもの、聴いたものをうたにしてビデオに記録した。先月、春節前にようやくこの記念DVD(VCD)を編集し終わり、親戚や村人たちに配って春節の肴にしてもらった。


R0015540.jpg
村人やこの州の人たちは僕の母が日本に行ったうわさをすでに知っていたのだが、日本に行った、といわれてもぴんとこないのだ。ここ農村では「日本」というと、中国が毎日のように流す抗日戦争のテレビ番組の影響で、「日本人は残酷」、「野蛮」というステレオタイプが流通している。
 まさか、と思われる方も多いかもしれないが、漢語が聞き取れなくても、映像が毎日流れ続けるだけでイメージは創られてしまう。これが映像の恐ろしさだ。

日本人は秦の始皇帝に派遣されて不老不死の薬を探しに行った男五百人女五百人の末裔たち、という物語も広く伝わっている。この物語がここまで普遍的に伝わっているのも不思議だ。

母がいつも僕を人に紹介するとき、強調することがある。
「技術を学びにきた」という一言。

僕は生活のなかで生まれ、受け継がれてきた知恵や技術が好きだ。この滞在期間、僕はさまざまな知恵と技術を学んできた。それも無くなりかけているものが多かった。
古い竹細工、模様布の機織、染色、料理、調味料の作成、文字、仏教知識、楽器、うた、占い…。

唯一学んでいないものは農業知識だ。ここはすでに内陸の知識と技術が取り入れられ、古い技術はほとんどなくなった。また、これは彼らの聖域だと感じているから、僕は遠くから見つめるだけだった。やったのは穴掘りや魚とりくらい。

この記念DVDで母が強調した一言、それは

「受け継がれた知恵と技術を大切にすること」

だった。

お金を得る。貯えが増えたら、それは金銀に換えられる。金銀が増えたなら、それは宝石に換えられる。そして宝石がたまり、暮らしも豊かになったら、なにと換えられるのか?
それはきっと伝統という知恵や技術だ。

母がDVDのなかで語った一言だった。母の気持ちは複雑でもどかしい。うたがなくなりかけてしまう。なにより、タイ族の素晴らしい文化がもう取り返しのつかないところまで来てしまっている、と。

「自分たちの文化をみつめなおすこと、私たちはそれを学ばなければなりません。」


DVDは母たちから見た日本。僕らから見れば映像はどこと同じ都会の生活の一幕だ。編集し終わった今も、僕はあとからここであの風景や映像を記録しておけばよかった、という後悔は残る。

日本の都会の発達した様子や技術、文化の一部を即興のうたで表現する。

これを見た村の人々はいったい、何を考えたのだろう。
ビルの隙間にみえる木々の多さ、森のような公園、自動ドア、自動販売機、祭りの様子、着物を着た女性たち、食べ物、水族館、海、道路、電車、博物館、…。

母の思いは少しでも伝わっただろうか。

きっと、しばらくすれば、このVCDはただの記念作品から海賊版として市場で売られていくだろう。そのころになって、もっと多くの人々が自分たちの文化を見つめなおそうと考えるだろうか。


追伸: 別の機会に日本でも見れるように字幕を入れようと思います。
コメント
コメントの投稿
 
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可
 
 
 
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://asianmusic.blog50.fc2.com/tb.php/72-86169665
この記事にトラックバックする
 
 
 
 
 
 
 
 

copyright © 2006 People, Life and MUSIC all rights reserved.