中国雲南、タイ、ラオス、ビルマの人、生活、そして音楽。 ひょうたん笛(葫芦絲)演奏者が綴る「おと」、「ことば」  
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占星術を学んだ その1

ここ徳宏のタイ族は独自の占星術がある。
僕はあるタイ族から占星術を学ぶことを許された。

一般的にここの占星術師は弟子をとらない。一部の占い師はビルマまでいき術を学んでくる。人によっては出家して、ビルマの高名な僧侶の下で仏教を学びながら占星術や薬草知識を学んでくる。老人によっては術を学んできた後にその術を誰にも渡さないと生涯の誓いをたてた人もいる。

ガイルンファ
最近、徳宏の僧侶は信頼度が低い。タイやラオス、ビルマのように男子が幼くして一度は出家するという習慣がないため、出家することは還俗しないことが前提である。文化大革命ではすべての僧侶が還俗させられるか、隣国のビルマに逃げてしまった。そのためここの僧侶はほとんどがビルマから来た人たちか、もしくはここに親戚がいる人が住職となっている。何で信頼度が低いかというと、悪いうわさが絶えないこと。僧侶になると、儀礼や祭りなどのたびに人々がお布施に来るのだが、そのお布施がある程度たまると還俗してしまうからだ。一生を仏に仕えるという観念はないといっていい。
そのため、一日朝昼の二食、女性に触れない、一般大衆と食事をともにしない、酒を飲まない、といった原則は、成り立っていない。夜になるとどこどこの僧侶がカツラをかぶって車やバイクを運転して女の子をナンパしていた、なんていう噂もある。

だから、人々は苦労して僧侶を呼んで村の寺に住んでもらい世話をしても還俗してしまうので意味がない、と言い切る。それなら自分たちだけで仏に仕えるほうがましだというのだ。私たちは僧侶に仕えるのではない、仏の教えを守って生きていくことが重要だ、と言う。

さて、仏教では精霊や占いは迷信と説く。それでも仏がお米の精霊に負け、お米の精霊の存在は認めている、という物語もある。実際の生活では先祖を崇拝するし、村の守護霊も崇拝するし、不運や病気は精霊(ピー)のせいだという。人が人間界に落ちてくるのは異界の精霊の母が命を授けるというし、出生すると春節にはタイ族文字の出生証明書を老人に書いてもらい、結婚や仏像寄進儀礼などの日取りはその出生証明書を持っていって占い師に見てもらい決める。
しかし、一方で戒律の厳しい宗派では一切精霊や占いを認めないものもあるにはある。

さて、僕が学んだ占星術のルーツはビルマにあるようだった。僕の師はべつのムン(くに)の占い師から学んだ。その師の師はビルマの高名な尼僧のもとで学んだという。

こう書くとおこられるかもしれないのだが、占星術に特別な秘儀はない。あるのは門外不出の本。それをどのように使うのか、どのような話術が必要なのか、この二つが秘儀なのかもしれない。そして敬虔な仏教徒であること。文字に対して尊敬の念を持つこと。師を敬うこと。これらが占星術師であることの条件だった。

占星術書は仏教用語と難解なパーリ語が混ざった古タイ文字で書かれている。その内容にはよく精霊の災因論があり、それを解決するための術、多くは仏教と関連した儀礼、が書かれている。

ある村の占い師は僧侶になってビルマに行き、若くして荒行を終え、その後すぐに還俗して占星術師となった。虎の日には朝の6時ごろからタイ族のみならず漢族の人々も列を成して順番を待つほど有名だ。

迷信と一蹴してしまうこともできるのだが、占いの書を読んでいると、やはりある種の人としてどうあるか、という教育的な内容に思えてしまう。

人は宿命を持っている。それを変えられるかどうかは、その人の行いによるのだ。行動を起こして原因をつきとめ、それを解決するよう努力すること。それらは基本的に仏の教えを守り、徳を積むことだった。

このタイ族の社会で生きていくこと、その基本中の基本は父と母を敬い、人や生き物に対して良心をもって接すること。
どの社会でも共通していることだった。
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