中国雲南、タイ、ラオス、ビルマの人、生活、そして音楽。 ひょうたん笛(葫芦絲)演奏者が綴る「おと」、「ことば」  
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僕の姉

ここでは僕には姉が2人いる。一番上の姉は深センで働き、すでに10歳くらいの娘が一人いる。とても美しい人で、性格は母に似てせっかちで天然ボケのところがある。それでもしっかりした人でバリバリのキャリアウーマンだ。
そしてもう一人の姉は家にいる。10数年前に失恋して憔悴したところに医者のいい加減な治療を受けたため精神病を患ってしまった。かつての写真を見るととてもかわいらしい人だった。今ではかなり肥満してしまって、怠け者になり、よく心の住んでいる世界が移り変わる。しょっちゅう心のどこかのスイッチが変わる。

水掛祭りが明日と迫り、今日、母はある地域の歌垣コンテストの審査員として呼ばれ、僕もついて行った。夕方家に帰ると必死に家の中を掃除する姉の姿を見た。ここ2ヶ月ほど、姉は一日中何度も食べては寝る、食べては寝るの生活を繰り返していたのでとても驚いた。

ここ数日、カチンの70数歳の父は酔っ払い家の中はぐちゃぐちゃだった。父は酔うと人格が180度変わり、1週間は酔い続ける。

姉は酔っ払った父をあやして60元を渡し、鴨肉を買ってきてもらい食事の準備もしていた。

酔いつぶれて寝ている父を横目に僕らは食卓を囲み、話をしていた。

「今日は退屈で何度か眼が覚めて、外は子供たちが水を掛け合っていたの。ああ、もう4月なんだとおもってそれでカレンダーを見たんだ。そしたら今日は私の誕生日だったんだ」

と、ちょっとテレながら僕たちに言った。母の顔はぱっと明るくなり、嬉しそうに「そうだったね、だから今日は一生懸命家事をしてママたちにご飯を用意してくれたんだね」と言った。

僕が住み始めのころ、姉は言葉が汚かったり、父や母を罵ったりするので僕にはなかなかとっつきにくい人だと思っていた。そして時間がたち、今は仲良く冗談を言えるようになった。

姉はよく精霊の話をした。母が言うには、いろいろなところのシャーマンに占いに行ったが、どこも兵士の霊にたたられ、その霊をうけいれてシャーマンにならなければ助からないといわれたそうだ。
結局、母はその精霊を受け入れさせず、姉の病は今も続いている。

姉は夢を見た話をよくし、本や絵のなかの人物を自分だと思ってしまう。また自分の結婚相手を夢や本を見ながら、たぶん精霊の言葉を感じながら、占って口にする。

年齢はもう30数歳なのだが、行動や考えていることは小学生以下のものだった。それでも記憶力はとてつもなくいい。小さいころからいろんな細かいことを記憶している。

気分がいいときは自作の鼻歌を歌い一人で遊んでいる。声は母譲りでとても美しい。
僕が話をしていても突然話題が飛んでどうしたらいいかわからなかったけど、今はコツをつかんで姉と話すときは飛んだ話題を追いかけながら冗談を言って笑わせるようにしている。身振りも大きくて、子供のように無邪気だ。親の言うことを聞かないときは、僕らはいつも母と父が死んでしまったらどうするんだろうね、と姉に将来のことを考えさせる。

するとちょっと黙って「これこれする」と答えが返ってくる。
今夜は気分がいいみたいで、久しぶりに、数ヶ月ぶりにテレビを見ながら踊っている。


僕が日本に帰るのでお土産をもらった。

僕と姉の指きりげんまんの約束。

「僕がいなくなったらお母さんとお父さんの世話を見てあげてね…。」

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