中国雲南、タイ、ラオス、ビルマの人、生活、そして音楽。 ひょうたん笛(葫芦絲)演奏者が綴る「おと」、「ことば」  
方言と自由な言葉あそび

大阪に居を移してはや2ヶ月ちょっと。家にはテレビ・ラジオ・ネットがないので、情報を入手するために学校(といっても博物館ですが)に行っています。朝は遅くても6時には目がさめ、最近は気分を変えてランニングをしています。

7時半から8時には学校に行き、英語やラオス語のネットラジオを聴いています。あえて中国語は聴いていない。

僕のお気に入りは北部タイのネットラジオ「CM77」(http://www.cm77.com/#)。
こちらのラジオはすべて北タイ方言でしゃべっていて、流れる音楽もすべて北タイ方言のもの。
前から度々触れてきたけど、北タイの文化復興は著しい。おそらく若者にとってはそれが文化保護とかいう大そうな理念を掲げているものではなく、本当に自分たちのラーンナー文化が大好きで、それを継承して発展させていく。

ちょうど観光業も盛んで、チェンマイのはずれの超高級ホテル「Mandarin Oriental Dhara Dhevi」(http://www.mandarinoriental.com/chiangmai/)はタイ系民族の建築様式(寺院から仏塔、家など)を再現したテーマパークを展開している。このホテルには驚きで、広大な敷地に建てられる様々な時代、様々な地域の建物が所狭しとあって、タイムスリップしたような気分になる。僕は運よく、チェンマイの友人たちのグループ「チャンサトンChangsaton」としょっちゅう演奏をしていたので、あちこちのホテルリゾートに呼ばれて(僕は連れて行かれて)、セレブたちの前で演奏をした。

蛇足だが、この超高級ホテルにはぜひ宿泊してみてほしい。一日では回りきれない。きちんとキュレーターもいて、電気自動車で建物を案内し、そのなかに飾られている様々なアンティークの解説もしてくれる。


さて、毎朝、僕はネットラジオCM77でたくさんのラーンナー語の音楽を聴いて楽しんでいる。伝統音楽から伝統楽器をベースにした新しい音楽、ポップス、子供のうた、フォーク、漫才、などなど。
最近は僕が演奏している「ひょうたん笛」が北タイの若者たちにも人気で音楽に取り入れられている。僕の友人は今の状況を笑いながら「君が持ち込んで広げたんだよ」と言う。

そんなタイ中央部から見れば「田舎の方言」で歌われているポップsスを聴きながら、僕は歌詞を頭の中で日本語に訳してみたりする。 

ふと、東北弁にして考えてみた。

ズーズー弁で、ロックで「~だっきゃ」とか歌われた日には一日が楽しくなる。


そう考えると、とても笑えてくる。べつに軽蔑とかではなく、ほのぼのとした、幸せな気分になる。
日本ももっと各地の方言で演歌とかロックとか歌えばいいのに。きっとあるのだろう。それなら是非ラジオやテレビで流してほしいなー。こんなキリキリした日本に方言のほのぼのとした声質とイメージが付随したロックとかポップスが流れたら、きっとみんな厳しそうな顔を上げてゆっくり歩くと思う。

最近こんな記事がありました。カリスマ車内販売員・茂木久美子さんの記事。
http://sankei.jp.msn.com/life/trend/090712/trd0907120801002-n1.htm。新幹線に乗って聴いてみたいです。



日本語と違って、中国もタイも声調言語で声調の「間違い」や言葉の発音の「不正確さ」はすぐに方言に結びつく。中国の昆明方言なんかは、日本人に苦手な巻き舌ぽい発音she-, ch-とかはないし、-nと-ngも区別しない。そのためカラオケで誰かの曲をそのまま方言口調に歌うことはたやすい。

いやまて、よく考えればそれも多々あることなのだと思い出した。田舎に行けばあちこちで大音量でカラオケが流れている。

みーんな、訛っているのだ。なんてすばらしい。


日本の近代国語教育がもたらした不幸は会話が普通語になっただけじゃなく、心の余裕まで奪った気がする。もしも徹底的な国語教育がなかったら、今頃若者も東京に来ても自分たち地元の方言でしゃべって会話したかもしれない。中国やタイがそうであるように。

タイ族の村のおじさんやおばさんたちは即興の歌が大好きだ。
暗号のような言葉あそびもいっぱいある。
「マイサウ、ガイシン、カイサオ、ガ?」
普通の言葉に直すと → マウ ギン カオ ガ? (おまえご飯食べたか?)
こんな簡単なやつから、非常に複雑なものまで。

※「サイ」という語を一つの単語の後に一つ置く。
マウ・サイ ギン・サイ カオ・サイ
 そして前後の母音だけを交換する。
マイサウ、ガイシン、カイサオ


よく子供の頃はこんな感じで暗号のような言葉遊びをしたという。数の歌やなぞなぞ歌や子供の遊び歌も自由な発想で韻を踏んだり、言葉のイメージの類似性を遊んだり。

自由な発想で歌も言葉も生まれてくる。そんな口達者な村人たちがうらやましい。
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