中国雲南、タイ、ラオス、ビルマの人、生活、そして音楽。 ひょうたん笛(葫芦絲)演奏者が綴る「おと」、「ことば」  
占星術を学んだ その2

その1はこちら⇒占星術を学んだ その1

僕は村に滞在した最後の数ヶ月、ある方から占星術を学ぶことを許された。

きっかけはタイ族の母の一言だった。

「占星術書にも美しい言葉のカケラがある。そして占星術はきっと何千何万という人間の星と命のつながりを研究して生まれたのだろうから、中身を研究すればなにか面白いことが見つかるかもね。」

ほとんど母の興味から僕は占星術を学ぶことになった。
IMG_4661 ギェンバン
母は女性だし、もう年齢もだいぶとっている。それに、もう十分「すごい」人だ。
だから、母自身が占星術の内容を知りたくて術師にかけあっても、たいていうまく言いはぐらかされて中身を見ることはできない。みせてもらっても、持ち帰ってじっくり見ることはできない。

僕なら母の息子として、そしてタイ族文化を学びに来た異国の青年ということで教えてもらえるかもしれないということだった。
そして、母の友人をうまいことくどき、僕は占星術書を受け継ぐことになった。

まずは弟子入りになる簡単な儀式。
1333.3元を先生に渡し、許可と祝福を受ける。

前回も書いたけど、占星術には特に秘儀はない。
書かれたもの、ときに難解な詩文を如何に自分の持てる知識を総動員して解釈し、相手に伝えるか…。
もちろん、タイ族の文字は上座仏教の伝来に関係しているため聖なるものであることはかわりがなく、ぞんざいに扱えばとばっちりを食らう。しかも占星術書は何十何百年という歳月を経て生み出されたものとされているので、占星術師はこの書物を大切にする。

実は、別の地域に行くと、すでに占星術は廃れてしまっていて、ぼろぼろになった古い書物を寺院で発見することもある。
割と漢族文化の影響を受けている地域では、かつての高名な僧侶が独自に漢語書籍の占星術を研究し、それをタイ族語に翻訳したものもある。陰陽やら五行とか、そんなものが混交した書籍もある。

僕の先生の先生はビルマの高名な尼僧から占星術を学んだ。
その人は許可を与えられるときに、なにかのタブー(戒律)も言い渡されたようで、故郷に戻ってきてからそのタブーをやぶってしまった。
それがきっかけでしばらく発狂してしまったことがあったという。
今は普通に生活しているが、占星術書そのもは扱おうと思えば誰でも扱える、しかし、それを心無い人間が用いればピー(精霊)やカミの力でとばっちりをくらう。

「これは仏の教えなのだから…。」

くれぐれも気をつけるように、そう告げられた。

もちろん、戒律の厳しい上座仏教の宗派では占いすら信用しない。人によっては占いは仏とは何も関係ないという。
それでもこういった不思議なものは畏怖の対象だ。

占星術書をお母さんの助けを借りて読み進めていくうちに、この書物の中にはタイ族の日常生活の恐怖や喜び、そして願い、それらの輪郭を知ることができるとわかった。

そして、村の日常生活のなかに立ち返ってみると、すべての行事や人々の行動がこの占いに束縛されていることも少なからず知った。

占いの書にかかれてあること、それが100%正しいかどうか分からない。
でも、それを告げられた人は自分の生活を一度振り返り、立ち振る舞いや自己を規律することを再び認識して再出発できる。

信じるも信じないもその人しだい。

でも、お告げを教訓として受け入れ、よりよい毎日を暮らすことは、どの時代も、どの国も、

同じなのだと思った。


つづく

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