中国雲南、タイ、ラオス、ビルマの人、生活、そして音楽。 ひょうたん笛(葫芦絲)演奏者が綴る「おと」、「ことば」  
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耳を引きちぎらんばかりの冷たい風が吹く大阪をあとにして、雲南の村に帰郷してきた。中国の旧正月、春節前に行ってのんびり滞在したかったが、諸事情があって三週間しか行けなかった。

春節期間のためか、昆明の高層マンションが建ち並ぶ地域はゴーストタウン。一晩を亡霊が破裂する爆竹の音を聞きながら明かし、翌日昼に田舎へ移動する。

亜熱帯の田舎、すでに風は春のように暖か。国家重点開発地域の一つとなったビルマに隣接する徳宏州は開発が始まっていた。道路はどこも拡張工事中。砂埃が舞い上がり、道脇の植物は埃が積もって緑色の柔らかい姿が見えない。

僕のタイ族の母、ワン母の家にたどり着く。近所の人からも「おかえり、帰ってきたんだね」と声をかけられる。すでに母の村の友人たちも大勢待っていて、僕を出迎えてくれた。
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ワン母はちょっと頬がこけて痩せていた。ワン母いわく、瞑想を始めたおかげで身体の調子が良くなり痩せたのだという。

コン父は旧正月にもかかわらず珍しく酒に酔っ払っていない。僕にタバコを差し出し、久しぶりに一服しなさいと優しい。皆が今年のコン父は素晴らしいともてはやす。去年は、旧正月から僕が4月に帰国するまで2ヶ月近く酔い続けて周りに迷惑をかけていた。今年は静かで、平日と変わらない紳士で知的でかわいいおじいちゃんになっていた。

ラン姉は毎日外を出歩くようになったのだが、暴飲暴食の癖がぬけず、さらに太ってしまった。

皆が僕を見て「まぁ、そんなに白くなって、ずいぶん痩せてしまったね、可哀想に」と言う。ワン母はせっかくきたのだからたくさん食べてもっと太って帰らせないと、とあれもこれもと僕の好きな料理を作ろうと言ってくれた。

僕は改めてこの田舎に戻ることができて幸せだと思った。
さっそく僕はワン母の予定を聞いた。ワン母は明後日からあちこちの村から呼ばれて歌旅に出る。もちろん僕もワン母たちのお供をしてワン母の歌声を聴き、それに、歌を聴いていっぱいの笑顔をつくる人々に出会いたかった。
耳で時を楽しむ人々の笑顔が見たかった。

それから10日ほど旅が始まるのだった。きっと今もまだかまだかとワン母たちが村にやってくるのを待ち望む人々がいる。人々が美しい歌声に感動し、興奮し、身体を熱くさせ、いてもたってもいられず、おもわず歌を歌い返してしまう、そんな光景を、僕はずっと日本の単調な毎日のなかで期待していた。

翌日の朝。
ワン母の家の周りには6時くらいからいろんな種類の鳥が鳴き始める。
辺鄙な村だって環境破壊でこんなにたくさんの鳥の鳴き声は聴こえない。

ワン母は、僕が去年まで見てきた姿そのまま、いつものように、朝の静けさから活力みなぎる鳥の合唱への変化のなかにいる、躍動する太陽の光が暗闇の空をゆっくりと赤く輝かせるグラデーションのなかにいる。じっと机に向かって詩を書き続ける。

ワン母は今年もあちこちから歌の依頼だけでなく、盛大な儀礼で必要な仏教書リックヤートの執筆も依頼されている。毎日書いても書いても終わらない。いや、詩が生み出せなくなったら世界の終焉になってしまう。

静寂にいるワン母の心の中はきっと、メロディーと、言葉の声調と抑揚、そして美しい修辞と韻が、複雑に錯綜しながら接続点を模索し、歌という詩の連鎖を生み出すのだろう。

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