中国雲南、タイ、ラオス、ビルマの人、生活、そして音楽。 ひょうたん笛(葫芦絲)演奏者が綴る「おと」、「ことば」  
お知らせ
 
 ☆ 国立民族学博物館にてマルチメディア番組『徳宏タイ族のうた』公開中
    (2010年6月より みんぱくビデオテーク)

 ☆ 「これまでのライブ履歴」

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耳を引きちぎらんばかりの冷たい風が吹く大阪をあとにして、雲南の村に帰郷してきた。中国の旧正月、春節前に行ってのんびり滞在したかったが、諸事情があって三週間しか行けなかった。

春節期間のためか、昆明の高層マンションが建ち並ぶ地域はゴーストタウン。一晩を亡霊が破裂する爆竹の音を聞きながら明かし、翌日昼に田舎へ移動する。

亜熱帯の田舎、すでに風は春のように暖か。国家重点開発地域の一つとなったビルマに隣接する徳宏州は開発が始まっていた。道路はどこも拡張工事中。砂埃が舞い上がり、道脇の植物は埃が積もって緑色の柔らかい姿が見えない。

僕のタイ族の母、ワン母の家にたどり着く。近所の人からも「おかえり、帰ってきたんだね」と声をかけられる。すでに母の村の友人たちも大勢待っていて、僕を出迎えてくれた。
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雲南の映像事情 

(2010『月刊みんぱく』2月号より)

 二〇〇八年五月、民博で開催された特別展「深奥的中国」の関連イベントのひとつとして、中国雲南省の少数民族の歌と踊りを紹介する研究公演「タイ族こころの調べ」がおこなわれた。徳宏州タイ族の民間芸能者三名が現地から飛行機を乗り継いで来日し、大阪や京都でも公演をおこなった。わたしは現地からずっと三人の民間芸能者に同行し、彼らが日本の社会と文化に一喜一憂する姿を見た。歌の名手のタイ族のおかあさんとおじさんは、行く先々その場で感想を即興歌に表現して歌い、わたしはその姿をビデオに収めた。徳宏州に帰り、わたしもまた住み込み調査を再開したが、空いた時間を利用して撮影した映像記録を日本渡航記念としてDVDとVCDメディアに編集し、三人の親戚や友人にプレゼントしたのだった――。

 中国は、いま急速な経済成長を遂げ、社会や文化も急激な変化のなかにある。一方で、CDやDVDの不正コピーなど著作権侵害は、海外企業に膨大な損害を被っている。現在も一向に不正はなくならないが、村や街の人びとは、その「恩恵」を受けた生活を送っている。
 
友人が久しぶりに昆明に帰ってきた。
僕の友人はある僻地に住み込んで、ある老人の生活についてのドキュメンタリーを撮っていた。帰ってきて僕に電話をくれた、「酒でも飲もう」と。

僕らは「死者の魂がうたう」ことについて話していた…。


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昨日、画廊などがあつまる創庫に新しくできた「源生坊」というところに行ってきた。

おとといから営業が始まったライブハウス。ちょっとちがうのが主に民族音楽や舞踊を上演するためにつくられた。

オーナーは田豊伝習館のドキュメンタリーをとった劉暁津先生。
なかには開放的なスペースのバーもあり、そして128人くらい収容できるステージもつくられた。

おととい、きのうと「三山相会」というコンサートが開かれた。
一人はイ族のおじさんで伝習館の学生だった人だ。様々な楽器を演奏し、また歌も大変うまい。

ほか2人は漢族だが、民族音楽がすきで自分で村で音楽を習ったことがあるという人達だ。
一人は口琴、そしてフィールド録音した音源とミキサーをつかってアンビエント音楽を演奏する。

もう一人は結構有名なロック音楽の作曲家で、新疆ウィグルの弦楽器とハーモニカを演奏する。

演奏会の内容は日本のものに比べればただ音楽を演奏するだけという感じで物足りない。
でも、これからさき、面白い企画もあるし、ここを利用して若者たちが伝統音楽や新しい音楽を発信していけると思う。


先日、昆明でタイ族の友人と一緒に作った「ひょうたん笛」を携え、徳宏州ルイリーのある村に行った。

これまで、僕は何度もこの老人を訪れている。今回は実に数年ぶりの訪問だった。

このむらは別名、「有一個美麗的地方」と呼ばれ、「ひょうたん笛」(葫芦絲、フルス)の大きな彫刻がある。雲南省でも有名な民謡で、とある作曲家が作曲した「有一個美麗的地方」という歌の故郷である。

時間がたつにつれ、ルイリーの町並みも変わってきた。
ひょうたん笛の彫刻も古くなった。
老人が住む村は今も土ぼこりが舞う。それでも太陽光発電のシャワーをつけていたり、少しずつ変化している。
僕らも、今までは友人のバイクを借りたり、若かったなぁと振り返る。
今回は友人が中古車を買ったので、その車で移動できた。
便利な時代、いや、僕らも齢をとって生活が豊かになってきたというのだろうか。

老人もだいぶ齢をとった。もうじき70歳だ。
年を重ねると、年々その老いのスピードが速くなっているようなきがする。顔の皺も、手の皺も増え、身体の肉も落ちて皮だけになっていく。
数年前訪れたときは歯が抜けて、痛がっていた。
今回、訪れると、「あの時は歯が抜け落ちて大変だったけど、いまは入れ歯を作ってご飯もきちんと食べられる」といっていた。

 
 
 
 
 
 
 
 

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